アップルストアにて


去年自分のパソコンがついに壊れ、夫が愛用していたMacが手元にやってきた。
しかしシステム上のトラブルがあり、サポートセンターに電話すると、アップルストアに持ってきてくださいとのことで、予約をした。
その日にサポートセンターから、「◯月◯日13時25分、心斎橋アップルストアにチェックインしてください」とのメールがあった。

チェックイン?ホテルか?
しばらくアップル製品から遠ざかっていたが、なんだか様子が違いすぎていて、そわそわしだす。

当日、10年前くらいにVAIOを買ったときにおまけでもらった、一昔前のサラリーマンが持っていたようなもっさいパソコンケースにMacBook Proを忍ばせ、電車に乗り心斎橋へと向かった。

チェックインすると、そこは様々な人種の人々で溢れかえっていた。
観察すると、ほとんどの人がiPhone関連のことで来ているようだった。
カウンターに通され、もっさいパソコンケースからMacを取り出し、担当者が来るまでぼんやりしていると、隣に80代手前くらいのばあさんが座った。
やりとりが嫌でも聞こえてくる。

スタッフが「ああ、この子はね〜」などと、iPhoneのことを「この子」と呼んでいることに、はっとした。

ほんまにアップル製品好きなスタッフなんやなあ。まあ、その気持ちはわからないでもない。20年前に初めてMacを買った時、わたしもそんな風に呼んでいた気がする、とぼんやり回想していると、わたしの担当者が来て、Macを見てもらうことになった。

しばらくして、その担当者が「この子には、このOSだと重すぎるみたいですね」と言い放った。

どうやら、アップルストアでは皆製品のことを「この子」と呼ぶらしかった。
まるで我が子のようにMacに接するスタッフに、軽く衝撃を受ける。
例えるなら、自分の息子を小児科に連れていき、先生に手厚く診てもらっているかのような対応である。

OSを入れ直してもらっている間、ただただぼんやりとした。汚くなっていた画面を、スタッフの人がまるで宝箱を触るかのように丁寧に拭いてくれ、OSも新たになり、きれいな状態に戻ったのだ。

ふと、横に座っていたばあさんが、「よくわかんないのよお、設定とか言われてもねえ、お父さんに聞いてみないとお」と、カバンからごそごそとメモのようなものを取り出しながら、スタッフに秘密の質問について聞かれている。

ばあさんの秘密の質問は、「10代の頃の親友の名前」だったようで、ばあさんは間髪入れずに、親友の名前を即答していた。80代のばあさんが、10代の頃の親友の名前を即答していることに、隣で静かに驚いた。

ばあさんになっても親友の名前を覚えていること、そしてこの質問をチョイスする辺りに、情緒を感じてしまったのはわたしだけだろうか。

また別のカウンターでは外国人の男性が、スタッフと一悶着している。「ですので、契約者さまでないと無理でして、、」「契約者はうちのオーナー。でもこれ使ってるのはボク。だからokね」このやりとりを15分くらい続けている。

iPhoneという無機質な物体を起点に、人がああでもないこうでもないと、まるで市場のように声が飛び交う。ここは一体どこなのだろう?と頭が揺れる。

アップルストアでの人間観察を堪能し、静かにもっさいケースにmacを入れ直し、無事に帰宅したわけである。

そのうち、わたしも「うちの子がね」と言いだす日は来るのだろうか。


2018.2.5『もそっと笑う女』より


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