かまってほしい女


ボブ・ジェームスというジャズピアニストのライブ映像を、テレビで見た。

とてもドラマチックで、ソウルフルで、胸が熱くなり、感動した。
その曲を聴いて、わたしはドラマチックな展開の曲が好きなんだ、と、ある過去の出来事を思い出した。



20代後半、夜勤が多く、不規則な勤務が続き、心身ともに疲れた時期があり、仕事を辞めてから、びっくりするほど食べ物をただ食べ続けるという日々を過ごしたことがあった。

おもに菓子パンなどで、目につくごてごてに濃いもの、甘いものを買い込み、家に帰って、ただひたすらむさぼりつくのだ。
そして、なんとも言えない罪悪感に陥り、食べなくなる。
でもまた食べたい衝動にかられ、コンビニに駆け込み、手当たり次第、菓子パンを口に詰め込む。それを繰り返すのだ。
それで10キロ近く太っただろうか。
鏡に映った自分はぶよぶよに太り、だらしなく惨めな顔をしていた。

半年以上つづき、これではダメだと、ダイエットを始める。
一ヶ月で7キロほど落とす、極端なダイエットだ。

しかしまた、異常に食べたい衝動にかられ、特にふわふわの白いパンを見ると、がーっと血が上った。
食べ方が異常なので、そんな自分はおかしいのではないかと思い、泣きながら親友を呼び出した。

親友は極めて冷静なテンションで淡々と話を聞き、「ふーん」と一言で終わり、そして何もなかったように世間話をし始めるのだ。
わたしはがく然とした。
「わたし、おかしいよね!異常だよね!病気なんじゃないの?そうだよね?」
どこかであんたはおかしい、と言って欲しかったのだ。
親友は決して、同情も心配も深刻にもならず、世間話を続けた。

なんだか肩透かしをくらったように、わたしは首をひねりながら帰った。


またある日、母を呼び出し、「一緒に病院についていってほしい」と頼んだ。
母はあまり乗り気ではない様子だったが、一応ついてきてくれた。
医者にこれまでの経緯を話し、どんなに自分が異常な食行動を起こすのかを語ると、ついにその医者は、
「娘さんは、摂食障害ですね」と言い放った。
わたしは「そう、そう、わたしは異常なんだ!よくぞ言ってくれた!」と、ガッツポーズを心の中ですると、母は全く納得していない怪訝な顔をして帰っていった。


その時、わたしは真剣に悩み、どん底に落ちていたが、今思い返すと、「どん底になって病気になる方が、ドラマチック」と自ら選んでそうしていたのではないかとさえ、思うのだ。

陰気な悲劇のヒロインを十分に堪能すると、数ヶ月後には、異常な食行動はぱたっとなくなっていた。


その後に異常に食欲が沸いた思い出は、臨月間近に家族で王将に行き、唐揚げやチャーハン、餃子などを誰よりも多くたいらげて、家族を引かせたことだろう。
しかし以前の時と違うのは、「おいしい、おいしい」と、味をかみしめ、笑顔で食べていたことだった。


とにかくわたしは陰気なヒロインを演じ、そしてそんな自分にかまってほしい、なんとも面倒臭い女だった。
幸いなことに、周りの人たちは必要以上にかまわず、冷静にわたしを見過ごしてくれたのだ。


ボブ・ジェームスのドラマチックな曲を聴き、「ああ」と、思い出した、なんとも情けない思い出だ。



2018.1.26『もそっと笑う女』より

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