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あまくてやさしいのだ

私、食べられない。食べられないよ・・・。
一筋の涙が頬をつたう。
手の中のカステラはまだ、温かい。
ぐりとぐらが不思議そうに見つめている。

「私なんて・・・食べる資格、ないよ」
「しかく?しかくって何?まる、さんかく、しかく、のこと?」
「それはかたちのことでしょ。たぶんこのひとは、カステラたべちゃいけないっておもっちゃってるんじゃない。そうでしょ?」
二匹のやりとりに思わず吹き出す。
「あっ、わらったよ」「わらったわらった」

「食べなよ」「うん。食べなよ」

甘い香りに誘われてやってきた動物たちも口々に言う。
(絵本で見たあの仲間たちだ)
みんなのまなざしが優しい。

そっと、かぶりつく。
噛んだ瞬間に甘さがじんわりと歯に染み渡る。鼻に抜けるハチミツの香り。
ちょっと焦げた苦味も今の私にはちょうどいい。
口に入れたそばからどんどん手に載せてくれて
気がついたら

残っていた半分以上を平らげてしまっていた。
みんなの笑い声が森の中に響き渡っている。

(・・・ママァ〜、マーマー!!)
「・・・!?はぁっ!!」
夢を見ていたようだ。手のひらに、乗せてくれたカステラの感触が残っている。
娘が私のお腹をまたぐように座り、キャッキャッと笑う。
「ママー、おきてー」
はぁっ!!!起きなきゃ!!
ガバッと体を起こす。夢で見た二匹と同じ丸っこい瞳と目が合う。
そこで気がついた。・・・今日、休みか。なんだ。

(クンクンクン・・・いい匂い・・・カステラ?)

リビングに行くとパパがキッチンで何かを焼いている。
「おはよう。ママ。」
「ママ、ママ!あのね、パパがカステラ作ってくれてるの」
「おはよう。パパ、帰ってくるの夕方じゃなかったっけ?」
「フフフ。実はね、思ったよりもはやく終わったから、何とか終電に間に合うように出てきた。帰ってきたらママが寝言で、カステラ、カステラ、って口をパクパクさせてたから、久しぶりにカステラを焼いてみたよ」

やっぱり、私は夢を見ていたのか。夢とはいえ、それをパパに見られていたのかと思うと顔がじんわりと熱くなる。

プーン。あまーい香りがリビングを漂う。いい匂い・・・。
フライパンを見ると、黄色くてまあるいものが。
カステラだ。

グー!!!ギュルギュルギュル!!
夢の中であんなに食べたのに。

パパが
「あとちょっとだから待っててね」

「ママー、これ読んで」
そう言って娘が持ってきた本はもちろん「ぐりとぐら」
表紙のぐりとぐらはお互いを慈しむように並んで歩いている。
一瞬、ぐりがこっちを向いてウインクをした。ように見えた。

(ありがとう。カステラ美味しかったよ)

口に残るあまくてやさしい余韻に浸りながら、娘と一緒に最初のページをめくった。

(おわり)

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