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日々の記録3

コンプレックスというのはメンタルに多大な影響を及ぼす。その手の話になればその場から離れたいと思うし、自分に振ってくれるなとお祈りモードになってしまう。自信がなく、他者より劣っているという事実だけが自らを襲う。それが本当かどうかは置いておいて。

コンプレックスを克服するにはどうすればよいかといえば、やはり自信をつけることなのだろう。それが自身の努力によるものなのか、他者の力によるものなのか、それは人によることだろうが。ただそうやってつけた自信が歪んだものであったらいけない。歪んだ自信は時として醜いものになるし、他者を傷つけもする。攻撃的な自信は基本的に当人の余裕のなさなのかもしれない。そういう意味では、真の意味での自信とはかけ離れているのだろう。

私も時折そのような自信を振りかざしてしまうことがある。それをどうやって抑えるかというのはまた1つ人生の大きな課題かもしれない。そんな余裕のなさ、それは当人の弱さなのであろうし、逆に言えば伸びしろである。結局現状に満足できて初めてこの事態を回避できるのではないか。これでいいと思えることはある種妥協のようにも思えるが、現実を、ありのままを受け入れるという強さなのではなかろうか。今の私にはそれがないように思える。

何と戦っているのであろう。誰と戦っているのであろう。これじゃだめだと藻掻き苦しみ、時にそれを他人に強要してマウントを取る。この一連の流れは何も生み出さないし、むしろ他人への傷ばかりを残す。まだまだ未熟だと思いつつ、これこそが私の伸びしろだと思いつつ。果たしてこれを改善できる日がくるのだろうか、そんな儚い疑問を抱く帰路。

まだまだ新しい生活に慣れない。
また明日。

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友人は私のこの状況を鍛錬と称した。全てが修行、たまには耐え抜くことも必要である。耐えた先には大きな上がりがある。麻雀のようなものだろうか。とにかく、日々の鍛錬が肝心だ。

にゃーん。