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満月の夜に記す

夕日が眩しい。あのときのアイツのように光り輝いている。今日は久しぶりにそのアイツと会うのだ。

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アイツは幼少期からの腐れ縁、幼馴染みである。いつもオレの後ろを追っかけてきたアイツ。勉強だってスポーツだって音楽だって美術だって成績が良かったのは全部オレの方、教えるのはいつもオレだった。

アイツと道を違えたのは高校を卒業したとき。オレは当たり前のように都内の大学に進学、アイツは進学せず就職する道を選んだ。あれから10年、大学で周りと同じように遊び呆けたオレも就職してそれなりのポジションに立っている。後輩だってできた。でも変わり映えのない毎日が過ぎていくばかり、やりがいなんてものを感じることはなかった。

そんなモヤモヤとした日々に突然姿を現したのは他の誰でもない、アイツだった。アイツとはそれまでも定期的に会ってはいたが、お互い仕事の話はしない。スーツ姿で面するのだって初めてだった。いざ話してみれば目の前にはオレの知らないアイツがいる。オレは圧倒されていた。そして怯えていた。いつもオレの後ろをついてきたアイツがオレの遥か先を走っている。馬鹿にされるんじゃないか、恥ずかしくてもうこの先会えないんじゃないか、そこにはただただ情けない自分がいた。

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久しぶりに入った行きつけの店、店主は笑顔でいつもの?と問いかける。テーブルの向かいにいるのはアイツだ。色々忙しかったのとなんとかウイルスというのが大変で緊急事態だっていうので随分と間が空いてしまった。会うのはあのとき以来かな。オレはあのあとすぐに仕事を辞めた。ここにいる場合ではない、オレだって負けてられない、本気で生きなきゃ、そう思ったのだ。

アイツは何も聞かなかった。オレがアイツとの仕事を投げ出したことも、長らく連絡が取れなかったことも、今オレが何をしているかも。別れ際、アイツが何か呟いた。オレにはその言葉が聞こえなかったけれどアイツは空を見上げて笑っている。なんだか不思議だった。オレも負けじと笑って空を見上げる。

いつの間にか月がてっぺんまで昇っている。雲一つない満月の夜。今日ならあの満月に手が届きそうだ。

こんなに美しい夜は初めてだった。

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来るべき時は来る、そう思います。もちろん願うだけではダメですが、やるべきことをちゃんとやった人間にはチャンスが舞い降りるはずです。そのチャンスの前髪をしっかりと掴むためにも私たちは今を精一杯生きなければならない。きっと今やったことはどこかで将来関わることに繋がり、点が線に、線が面に、そしてその平面が大きな大きな私たち自身になってくれるはずです。今は夜かもしれない。でも夜は夜で美しいものです。

にゃーん。