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海外女1人旅をしたほうが良い10の理由 その5.恥をかくことに抵抗感がなくなる

日本は恥の文化、欧米は罪の文化、といわれ、日本人は恥をかくことに抵抗感が強い。

しかし、海外1人旅をしていると、恥をかく気がなくても、恥をかくケースもたまにある。

わたしも、最初のうちは赤面したり、恥ずかしがったりしたが、どんどんみっともない自分に免疫ができてきた。


海外旅行をしていてもっとも多かったのはロストバゲージに遭うこと。

この場合、ほとんどのケースでわたしの失敗ではないが、5回くらいは経験したので、わたしがロストバゲージづいていたのかもしれない。

スーツケースを紛失したことは今までないけれど、旅の初日のロスバゲが多いので、スーツケースが届くまで、半日くらい無駄にすることがあった。

バルセロナでロスバゲした時(パリのシャルルドゴール空港の自動ドアが故障&トランジットバスが遅れ、飛行機に乗り遅れ)は、午前中に着くと聞いていたが、13時過ぎても届かず、フロントに確認しに行ったら、スペインの午前中は14時までだったことが判明。13時45分ころ、無事にスーツケースが到着した。

シカゴ・オヘア空港経由でオーランドに行った時は、空港係員が「大丈夫!」と言っていたにもかかわらず、ロスバゲに。

最初にロスバゲを体験したのは、カナダのカナディアンロッキーツアーが終了し、成田空港に到着した時だった。

ツアー全員のスーツケースが、違う方面の飛行機に載せられたようで、ツアーに同行したわたしの友人や他の参加者は、ツアー会社か航空会社の人に食って掛かっていたが、わたしはそれを冷めた目で見ていた。食って掛かっても、早く到着することはないのに、と。逆に、帰りにスーツケースを持って帰る手間が省け、送料も無料だったのでラッキーだった。しかし、スーツケースが本当に消えたら、かなり焦ったかもしれない。

ロスバゲではないが、一度、空港のターンテーブルで、まったく同じスーツケースを持っている人に、持っていかれそうになった(ターンテーブルから下された)ことがある。タグに名前を書いてあったので、すぐに間違えていることに気付いてもらえたが、トイレに行って席を外していたら、危ないところだった。

次に多いのは、飛行機乗り遅れである。

アムステルダム経由でヘルシンキに行こうとした時、前日残業後に荷物を準備していたら深夜になり、翌朝に目覚まし時計をとめて、爆睡してしまった。
目が覚めてから猛ダッシュで成田空港まで向かったが、空港のカウンターに到着したのは、出発の10分前くらい。
搭乗手続きは、既に締め切られていた。

次は、1時間後にフランクフルト行きがあるが、既に満席で、翌日のアムステルダム行きに乗るしかないと言われる。
明日出発なら、自宅に帰らなければいけない?それより、ヘルシンキの宿はどうやってキャンセルを伝えたらいいのだろう?と頭の中はグルグル。
カウンターには、何とかフランクフルト行きに乗れないか交渉してみる。
そうしたところ、搭乗手続きを締め切った段階で、ラッキーなことにビジネスクラスに1席キャンセルが出たため、急いで正規料金の航空券(エコノミー)を片道分買い直し、搭乗口へと急ぎ足で向かった。
もちろん、免税店を見ている暇はない。

エコノミー料金でビジネスクラスに乗れたから、お得といえばお得かもしれないが、これに懲りて、午前中に出発する時は、空港近くで前泊するようになった。
JALのビジネスクラスは、食事が和食器で出てきて、食事を配られるときに名前で呼ばれる、ということを知れたのは良かったかな。

次に大幅にやらかしたのは、スペインでのこと。

バルセロナの滞在中に、セビリアに1泊しようと、ホテルを予約した。
バルセロナ・サンツ駅からバルセロナ・エル・プラット空港までは電車で行こうと思い、駅にいた係員の方に、どこから乗れば良いのか確認。
しかし、言っていることがよくわからなかったので、おそらくここだろうと思われる電車に乗る。
ところが、違う方面の電車に乗ってしまい(海が見えたので、シッチェスかタラゴナまで行ったと思う)飛行機に乗り遅れた。

バルセロナ・サンツ駅に戻ってきたら、また係員の方に会って、「まだ、いたのか」みたいな、ちょっとあきれたような顔をされる。

今度は何とか空港に着いたが、チケットを当日料金で買い直すことに。
何とかセビリアに到着したが、空港バスを適当に降りたら(東方の三賢人のパレードを偶然発見したので、見たくなった)どこにいるのかわからなくなり、近くのホテルの人に下手な英語で道を教えてもらい、無料のマップもいただいた。

バルセロナからパリに向かう時は、セビリアの飛行機乗り遅れに懲りて、2時間前には空港に到着していた。
しかし、携帯が充電切れで、腕時計もなく、買い物に気を取られていたら(バルセロナ空港は、魅力的なショップがいっぱいだった)、乗り遅れるという大失態をしてしまった。

幸いスーツケースは下されていたので、ロスバゲにはならずに済む。
しかし、パリに数日滞在する予定なのに、バルセロナからパリだけでなく、日本までの航空券を買い直して、と言われる。
確かに、格安航空券は、一部分乗らないと、すべてが破棄になると聞いたことはある。
しかし、日本までの航空券は、おそらく20万以上はするだろう。
そのため、どうしてもパリで再交渉する、と係の方に訴え、何とかパリ行きの航空券を買うことで納まる。
(英語もスペイン語も得意ではないため、途中から、他の航空会社の日本人の方を呼んできてくれた)
パリに到着後、ドキドキしながら、日本までのチケットが大丈夫か確認をしたら、そのまま使えることがわかり、ほっとする。
あまり、おすすめはできないが、しつこく訴えて良かった。

スペインでは、モンセラットの登山鉄道内で、「コアラのマーチ」のカバーがかかった使い捨てカイロを落とし、何とも言えない表情の運転手さんに拾ってもらう、という失敗もした。
モンセラットの登山鉄道から乗り換えた電車内では、1月なのにあまりに暖房が効いているので、寝てはいけないと知りつつ、そこそこ混んでいる車内でうたた寝。
さすがに、人がいっぱいだったので、スラれなかった(もちろん、斜めがけショルダーバッグのチャックは押さえていた)

バルセロナの地下鉄では、自動改札で切符を右側に入れると思い込んでいて、しばらく立ちすくんでしまったな(左側に切符を入れる)。

ちょっと似ているけれど、ホテルで隣の部屋の鍵穴に自分のカードキーを入れて開かない!と焦ったこともある。

メキシコシティでは、現地発着の「死者の日ツアー」に参加し、フリーダ・カーロの夫であるディエゴ・リベラのアナワカリ博物館に行った。集合時間が気になりながら、確認しないでバスを降り、見学。周りにツアーの人がいるから、まだ大丈夫、と思っていたら、ツアーバスに乗り遅れて、次の観光スポットでは観光しないで、じっとしていて、と怒られた。つい、食べ物の屋台に並んだら、周りのメキシコ人と話がはずみ、買わないでは戻れないような雰囲気になってしまったのだ。
しかし、これで目立ったからか、ツアー後に同じ参加者のカップルに通りで出会い、「また会ったね!」とフレンドリーに話しかけられた。

注意といえば、ニューオーリンズのプリザベーション・ホールに行った時、日本人のご夫婦の後ろに並び、奥さんと話が盛り上がった。室内(演奏者?)は写真撮影禁止だったが、旦那さんが撮影したので、じゃあわたしも、と思い、カメラを出したら、わたしだけ注意されることに。結局、演奏後、演奏者の人と少し話した後で、ドラムの後方に貼られていた日本語で書かれたジャズのポスターだけ撮影。ポスターの撮影は、特に問題がなかったようだ。

メキシコシティからニューオーリンズに移動する時は、空港の免税店で、おみやげにテキーラと葉巻を購入した。葉巻は自分のバッグにしまい、テキーラは紙袋に入れて、足元に置いた。メキシコシティからニューオーリンズの直行便はなく、おそらくヒューストン乗り換えだったと思う。くヒューストンで乗り換える時、テキーラをスーツケースに入れるのを忘れ、5人くらいいた空港係官に爆笑された。しかし、その当時、キューバとアメリカの国交が回復していなかったのに、なぜか葉巻に関しては、何も言われなかった。

ミラノで「最後の晩餐」を見た時、通常ならば15分しか見られないのだが、出口の自動ドアが閉まってしまい、出られなくなってしまった。同じ組に日本人の団体さんがいて、既に彼女たちは出ていたので、必死に自動ドアを開こうとするわたしを笑ってみていた。しかし、日本人は親切だから、出られない人がいるよ、と伝えてくれたようで、出口を係員が再び開けてくれた。しかし、その時には、個人旅行だから時間もあるし、「最後の晩餐」を2回見られるなんてなかなか無いかも、と考えを切り替えていたため、30分じっくり見ることにした。

サンタフェの国際民芸博物館に行った時は、アレキサンダー・ジラルドの郷土玩具コレクションが気に入り、日本語のガイドブックを日本の約2倍の値段で購入。ショップの人に「本当にいいの?」と言われる。実は、その本は日本で1回買ったのだが、引っ越しの際に処分してしまっていた。

サンタフェから帰る時、アルバカーキのホテルのロビーでシャトルバスを早朝に待っていたら、その頃のベストセラー「負け犬の遠吠え」を読んでいるのを後から来た人に見られた。なんか恥ずかしくなって、日本語で話しかけてみたら、アメリカに住んでいる日系人かネイティブアメリカン系の人だったようで、「日本語はわからないのよ」と言って、ホッとした。

ストックホルムでは、公園でインドネシアフェアがたまたま開催されていて、サテという、焼き鳥っぽいのが食べたいと思った。現地の人が、サタイと言っているような気はしたのだが、試しにサタイと言わずに、サテと頼んだら、サテとは似ても似つかない、まったく違う唐辛子まみれのスープが出てきて、舌がヒリヒリしてしまった。

※追記(2020.7.22 21:32)

先程書き忘れたのだが、アムステルダムのアンネ・フランクの家の中の階段でつまずき、ビデオでアンネ・フランクの生涯を見ている人がいっぱいいるのに大声をあげる&ニューオーリンズのオーデュボン動物園で、フォークダンスを踊っていた人々を撮影した時に、フラッシュが光って、みんなに注目される、などの経験もあった。

こんな感じで、結構恥ずかしい体験はしているのだが、本人は恥ずかしがっていても、周りはたいして気にしないような気がする。

日本だと失敗しずらい雰囲気があるので、海外に行って、恥をかいてみるのも良い経験になるかもしれない。

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