不可思議事件簿、河童の棲む池
つい最近、近所の家が建て替えられた。
その家は、この辺りだと割と大きな方で100坪くらいの敷地だから大したものだ。
おやようございます。松岡さん。
ほう、もうそろそろ出来上がりそうですね。
お庭も立派な造りになりましたねー。
いやー、それほどでもと謙遜するその主人の顔には「どうだ」と書いてあった。
ただ主人自身が言うように、狭い庭にいろいろと詰め込み過ぎている感は否めなかった。
それでも、本人が満足ならそれで良い話だ。
主人曰く、後々手入れが大変だと家族のみんなに反対されたが、是が非でもと押し切った小さな池が自信作らしい。
池の周りは、丁寧に丸石が積み上げてあり中央にドンと大きな石が据えてあった。
傍らには蟷螂を設えて、その上に松の木がグッと張り出してあった。
完成したら新築祝いしますので、是非来てくださいと誘われてその日の挨拶は終わらせておいた。
★★★
話は変わるが、今回は、河童の話をしてみたい。
古今東西、全国津々浦々、河童の伝説には事欠かないのが日本である。
ちなみに、グーグル翻訳で河童と尋ねてみたところ、Kappaと返ってきた。
まあ、良い。
本題は、近所にある古い寺の池の話だ。
寺の創建は、鎌倉時代というからかなり古く、境内には大きなお堂を守るための防火池があった。
この池、今ある仕様で作られたのは明治の頃らしいが、その存在自体はさらに遠く遡る。
一説によると公家風に作られた宮家別邸の跡地に作られた寺で、寺の創建時に何故か池は取り壊されなかったという話だ。
何か理由があっての事か、あまりにも古い時代の話で詳細は不明となっている。
しかし、その池が今もこうして防火池として残っている事実からすると、何やらこの池には手を付けてはいけないタブーが隠されていると推理するのが自然かもしれない。
私が子供の頃は、近所の仲間とその池の周りでよく遊んでいたのを覚えている。
その頃は、池の上に太い竹で作った蓋(ふた)が掛けてあった。
「防火池、遊ぶな危険」という札も掛けられていたのを覚えている。
しかし、歴代の子供達は真の勇者を決めるべく、この蓋の上を歩いてはその肝の太さを競ったものだった。
もちろん、その長い歴史から考えると、子供達にいくつかのアクシデントが起こったのは間違いないだろう。
ひょっとすると、池にはまって命を落とし掛けた子がいたかもしれない。
そんな危険を戒める為か、この池には河童が棲んでいて足を掴んで中へ引きずり込まれてしまうと言う怖い話もあった。
もちろん、その話は年上の子らから聞かされていたのでこの池で遊ぶときはいつも恐怖していたものだった。
しかし、子供と言うのは怖がりな癖に怖いもの見たさで危険を冒すものだ。
私も、暇を持て余しては、一人池に近づいて冒険していた。
あれだ、あの竹の蓋の下に河童がいるんだ。
どんな顔をしているのか、何とかその真実を探ろうと、池に近づいた。
遠巻きに太い木の陰に隠れて蓋の隙間を覗き込む。
ダメだ、ここからじゃ見えない。
更に近寄って、首を伸ばした。
やはり、ダメだ。
体が強張って心臓がドキンドキンと高鳴った。
恐る恐るにじり寄って、前かがみもになって蓋の隙間を覗き込む。
キラッ!
うゎ! 体が一本の線の様に直立不動になった。
間違いない。今光ったのは河童の目だ。
振返って走り去ることなど出来ようもなかった。
ゆっくりと、後ろ足に下がって、最初の木のところまで戻った。
フー、ヒー。
それから横に、ゆっくりとカニ歩きして、それからダッシュで寺の門の外へ出た。
フー、ハー。
かなり怖かった。
そして、私はあれ以来、河童の存在を信じている。
しかし、決して悪い奴らじゃないのだ。
いつも、近所の子供達が遊ぶのを眺めているだけだったし、池に子供達がが落っこちないか見張ってくれているだけだったのだ。
それが証拠に、この防火池で事故が起きたと言う話など聞いたことが無かった。
★★★
松岡さんのお家も庭の造り込みを終えて遂に完成した。
数日後、新築祝いをやるのでぜひ来てくださいとお誘いを頂いたので遠慮なくお邪魔させていただいた。
流石は、この辺りでも金持ちの松岡さん。大勢が集まって賑やかな祝宴となっていた。
私も、この松の木が実に素晴らしいですねと主人に祝いの言葉を送って酒を頂いた。ヒック。
一通りの挨拶を済ませてホロ酔いになった頃だっただろうか。
ふと池の方を見ると、周りに積み上げられた丸石の隙間からキラリと光る眼の様なものが見えたのだった。
あッと記憶が蘇った。
それは、とても小さかったが、間違いなく幼き日に見た竹の蓋の下にあった眼で石の陰からこちらを見ていたのだった。
そうか、あいつ、ここに来ていたのか。
二週間ほど前、いつものようにお寺の境内を散歩すると、「防火池は撤去されました。」と緑の張り紙がしてあった。
★★★
よろしければ、是非サポートをお願いします。いただきましたサポートを励みに、心にムチ打ち、ペンに活力を持たせて創作活動を続けて参りたいと存じます。