サービスという言葉は「気前がいい」ということではないと思いたい【エッセイ】
へばりやすくなっていた。
私がではない。iPhoneがである。
これは困る。いやまあ、職場で充電して帰るのでそこまで深刻ではないが、でもやっぱりバッテリーがもたないとなると、うっかりモバイルバッテリーを忘れた日には心細くもなる。……と言いたいところだがまあ何とかやっていた。せいぜい持ち物にさらに追加で本が増える程度だ。(多い日には三冊の文庫本が鞄に入っていた)
とはいえiPhoneの側から「いやバッテリーが劣化してるのよ」と言われてしまったのである。何もこのクソ円安の時期に変えんでもと数年先まで機種変更を引き延ばそうとしている私であるから、こいつにはもう少し頑張ってもらわねばならない。
そんなわけでバッテリーの交換をお願いすることにしたのだ。幸いにして職場近くに正規修理店が存在したので、そこに持ち込むことに決めた。このご時世だ、当たり前のように予約制であるから思い立ったが吉日と早速Appleのサイト経由で予約を入れる。
が、ここでやらかした。
予約の際の氏名はApple IDに登録された名前でされてしまうのである。
いや普通に楽じゃん、そう思うなかれ。私はApple watchに自分の本名が出てしまう(スクールモードなどで出てしまうのだ)のが嫌で、またそもそも自分の名前がそこまで好きでもないのでその場の思い付きの変な名前を登録していた。
つまり、変な名前で予約が入れられてしまい、メールもその名前に様付けされてきた。
やらかした。
誰だよジョニー高橋(仮名)(本当はさらに変な名前である)。
当日、つまり今日だが、めちゃくちゃ恥ずかしかったのは言うまでもない。
「すみません、この時間で予約したんですが……」
「ありがとうございます! お名前をどうぞ!」
「……すみません、えっと、これですね……(画面を見せる)すみません変な名前で……」
こんなやり取りになった。当たり前である。
まあそこは相手も接客業、いやいやユニークなお名前ですねと気を使ってくれるのだが、もうそれは変だと言っているのだ。わかるよ、私も接客業の端くれ、そうですねなんて口が裂けても口からエイリアンが出ても言ってはいけないのだ。それはそうだ。しかしもういっそ笑ってほしかった。突っ込んでくれ、仮にも大阪人であろう。さすがに無茶ぶりか。
そんなセルフ拷問で痛めつけられた後少し待たされ、それから説明を受ける。ほいほいと聞いていく。もちろん私はサイトを熟読しやっておかなければならないことは終わらせていた。「探す」の機能を切ったりする程度ではあるが。担当してくれたお姉さんも説明しながらサクサクと打ち込んだりしていく。気持ちがいいくらいにスムーズである。あ~普段の私の仕事もこれくらいスムーズに全部いったらな~とか少し思う。ここまでスムーズでなくてもいい、1時間以内に全部終わってくれ。なんて悲しい願いを持ちつつ説明を流していたが、唐突にとんでもない一言がお姉さんの口から発せられた。
「水とかが入り込んでないのであれば無料になります」
……はい?
私は騙されているのだろうか。しかしお姉さんは真剣そのものである。
「はあ……」
これしか言えなかった。
すぐにお姉さんは確認しますねえと裏に引っ込み、それからまたすぐに出てきて
「大丈夫ですね!」
と半分口を開けたiPhoneを連れて戻ってきた。見積書を見たら本当に0円と書かれている。
いいのか、本当に?
自慢じゃないが私は相当雑にiPhoneを使ってきた自信がある。バッテリーなんてもう劣化して当然だと言わんばかりの雑さだ。私の普段の使い方を見たらジョブズは助走をつけてiPhoneの角で殴りかかってくるに違いない。んでもって保険は入っていたかどうか覚えていない、UQでは入らなかった気がする。
それなのに、無償?
何なら私は8000円くらい取られる覚悟をしてきていたのだ。その昔バッキバキに割って交換してもらった時は4万以上掛かった。それを考えたら1万いかなければ良心的と思っていたくらいだ。それが、0?
お姉さんはテキパキと進めながら続けた。
「中開けますし、クリーニングもされますか? こちらは1100円かかりますが」
そう言われて私は迷わなかった。
「お願いします」
せめてそれくらいは払わせてくれ、でないと罰が当たるに違いない。
我ながら情けない心情である。タダなんだったら喜んでサービスを受ければいいのだと言われればその通りだ。
しかしもうこれは、サガなのだ。
ねえ、お布施とか置いてっちゃダメ? と聞かなかっただけでも頑張ったのではないだろうか。本当にバッテリーを変えてもらって除菌までしてもらっていいの? と再三確認しそうになったが堪えて、お願いしますと頭を下げるに止めた。本当に頑張ったよ。なんでそんな値段でクリーニングサービスやってんだよ、3000円くらい取ってくれ、そう強く思った。もうこのサービスのためにセルフ拷問を受けたのであれば、もうすこし痛めつけられてもよかったなとも思った。決してマゾではない。
かくしてすっかり綺麗にされた上バッテリーも新品同様となったiPhoneが手元にある。画面がマジで綺麗になっていて少しばかりビビった。
この際あと3年くらいは頑張ってもらおうではないか。こうなれば寿命を全うさせるのが、Appleへのせめてもの報いな気がしている。
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