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花を愛でられる自分、までにはならなくていいけど

花が捨てられたことに、いまさら気づいた。

もともと花に興味がない。そもそも好きじゃない。だから我が家には花瓶がない。渋々と持ち帰られた花束は、適当に食器棚から引っ張り出してきた使ってない大きめのプラ製コップに。
水への正しいつけ方が分からないから、そのままドボンと。
花の表情は読み取れないけれど、鮮やかなオレンジとブルーの花が綺麗だった。
少しだけ、家に彩りが添えられた。
けど別に、愛着は湧かなかった。

太陽の光が当たると嬉しいのかなと思って、窓の近くに置いておいた。水は毎日替えていたらしい。長く花を咲かせられるやり方を手持ちの端末でいくらでも調べられるんだろうけど、わざわざ調べなかった。
栄養剤みたいなのがついてたけどそれにもやり方があるみたいだから面倒くさくてやらなかった。
花だって生き物なのに、毎日水を替えて太陽が当たりそうなところに置くぐらいの心しかなかった。

花が家に来て1週間経ったのか、それとも経っていないのか。
最初の頃は、ハッとするような鮮やかな色に、やっぱ花が家にあるっていいんだろうな、なんて思ってたけど、家の1部になってすっかり馴染んでしまった。あってもなくても変わらなくて、それでも、思わずじっくり花を眺めてしまう時間がある。色が綺麗ともう別に思わないけれど、あの蕾から花が咲くのかなとか考えたりする。
その程度の距離感、花と自分の。

さすがに1週間は経ったか、それとも2週間近く経ったか。
オレンジ色の花が、がっくりとこうべを垂れてしまった。花の重さに、茎が耐えられないとでも言いたげな感じだった。オレンジの花は2本あって、そのうちの1本ががっくりしてしまった。指先でそっと持ち上げてみたけど、無理ですと突っぱねるようにがっくりと下を向いてしまった。あんなにしゃっきりしてたのに、上を向いてたのに。
少しだけ、ショックだった。栄養剤を入れればもっと持ったのかな、とほんの一瞬頭をよぎった。

それからすぐ、もう1本のオレンジの花も、こうべをがっくりと垂れてしまった。2本とも指先で持ち上げてみたけど、だから無理だって、とつっぱねられた。指先に伝わる花びらの感触は、さらりとしてひんやりと冷たくて、死んだ人の体温を連想させる。しおれても枯れてもいないのに、まさか茎から来るとは。
元気がなくなっちゃったね、と言ったら、もう捨てようかと言われた。
心が一瞬だけ絵に描いたようにズキンと痛んだ。

その次の日か、さらに次の日か、覚えていないけれど、床に何かが落ちていた。
なんだろうティッシュかな、と思った。近寄って見てみて、あ、と思う。
花びらだった。細長くて薄い黄色の。オレンジとブルーの花を引き立てるように周りを飾っていた花の花びらだ。元気そうだったからノーマークだったけど、散ってしまうほど元気がなかったのか。拾おうかと思ったけど、拾えなかった。拾ってしおしおしてたらなんだか嫌だったから。花は散る物だけど、散るってもっと時間がかかることだと思っていた。

拾われないまま落ちている花びらを見て、何それ?と聞かれる。花、散ったやつ、とだけ答えた。
捨てるの忘れてた、もう捨てないと。
まだ蕾のままの花もあるのになと思って、でもそれはこの場所では絶対に咲かない物なのだとも思って、捨てることに同意した。そうだね、と言った。やっぱり心は痛んだけど、すぐに忘れた。花は、一瞬だけはっきりとした輪郭を作ったけど、また家の風景の1つとして、その輪郭を溶かすようにぼやけていった。

何日か経った、1週間ほどは経ってない。
せいぜい2.3日かもしれない。
花がいつもの場所からなくなっていることに今さら気づいた。急に気づいた、そういえばここにあった花がない。
捨てたの?と聞いた。ゴミの日だったから捨てたよ、今気づいたの?と言われた。
今気づいた、全然気づかなかった。

こうべを垂れたオレンジの花を思い出した。真ん中で佇む鮮やかなブルーの花を思い出した。蕾を何個かつけた薄い黄色の花を思い出した。栄養剤を捨てた自分を思い出した。とりあえず食器棚から適当に取り出したコップに、無造作に花をいれた自分を思い出した。
蕾は咲かないまま捨てられてしまったし、オレンジの花はまだ枯れたわけじゃなかったし、ブルーの花はまだ鮮やかなブルーだった。
時々花の香りがした。花ってこういう匂いするよなって鼻を近づけた。

愛着が少しだけ湧いていた。
もっと大事に飾ればよかった。

そんな思いが走馬灯みたいに頭の中と心に浮かんで、心に小さな痛みを残していったけど、風で花びらが散るみたいに、どこかへ消えてった。
でも、こんな文章を書くんだから、湧いた愛着が少しだけ残っているんだろうな。一瞬だけ香った花の匂いみたいに、時々思い出すんだろうな。

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