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コラボ小説「オリーブについて(前編)」#火サスどうでしょう

 今回はなんと、ピリカグランプリの審査員を一緒に務めるさわきゆりさんとのコラボ小説です!

 今回のコラボは「サスペンス」をテーマに、僕あめしきが前半(設定、キャラクター、序盤の展開)を書き、さわきゆりさんが後半(中盤の展開から解決編のラストまで)を書くという形式。しかも事前の相談なし。

 ・・・はい、そうです。さわきゆりさんはなんと、僕が勝手に書いた前半の展開を活かして、作品を仕上げるという離業をされています。しかもサスペンスなので「伏線と回収」は必須条件。ラストから逆算で伏線を張るのではなく、張られた伏線を活かしてラストまで書き切っています!

 なお、さわきゆりさんが書かれたパートのうち、後編は有料記事となっています。
 ピリカグランプリの賞金・運営費に充てるための取り組みですので、ぜひご協力いただければ幸いです。

 作品としても、僕だけでは生まれなかった面白い作品に仕上がっています。
 ぜひお読みください!


コラボ小説「オリーブについて(前編)」

■ミナト①

 天才科学者が生涯を費やしてもタイムマシンなんて作れない。
 それなのに思い出は、簡単に時間を超えて現在に現れる。それから、過去の罪なんかも。

 「ミナト。スコップあったよ」
 
 まだ肌寒い3月の夜だった。イチカが、どこからか探してきたスコップを俺に差し出してくる。
 
「あったよ、じゃなくてお前が掘ってくれよ」
「嫌。か弱い女の子に肉体労働させないで」
「もう30だろ、女の子はイタいって」
 
 俺がそう言うと、イチカはスコップを放り投げてきた。
 私はまだ29歳、そこ重要だから間違えないで。そんな台詞を無視しながら、スコップを受け取る。
 
「じゃあロケット、お前が掘ってくれよ」
 
 俺とイチカの様子を見ていたロケットに、話を振ってみる。
 
「いいですけど、埋めた場所を覚えていたのは僕ですよね? 掘るのも僕だとしたら、ミナトは何ができるんです?」
「掘るよ」
 
 子供の頃から、ロケットに口喧嘩で勝てたことなんてない。すぐに俺は土を掘り始めた。
 久しぶりに会うのに、関係性は子供の頃から変わらない。

  30歳になるタイミングで開催された同窓会。二次会が無かったので、俺たちは3人だけで二軒目に向かった。少し酔いも回ってきたころ、イチカが思い出したように言った。
 
「小学校の卒業直前、タイムカプセル埋めたよね」
 
 あれは卒業式のちょうど1週間前、3月18日の夜だ。卒業式のリハーサルがあった日の夜、俺たちは学校に忍び込んで、校庭にタイムカプセルを埋めた。
 
「本当は20歳になった時に掘り返すつもりだったんですよね」
「そうそう、20歳なんてずっと未来だと思ってたけど。一瞬で過ぎ去って、もうずっと過去だ」
 
 ひとしきりタイムカプセルの話題で盛り上がった。
 あの子の事も頭をよぎったが、誰もその名前は口にしなかった。

 しばらく喋ったあと、イチカがハイボールのグラスを掲げながら宣言した。
 
「よし、今から堀り返しに行く!」

 あの宣言は何だったのか。結局は俺1人で掘り進めていると、固い感触に当たった。
 土を払って取り出したタイムカプセルはしっかりと密閉されており、18年間の時を超えてきたとは思えない様子だった。
 
「マジであったね!」
「開けてみましょう」
 
 イチカとロケットに急かされて、蓋を開ける。
 中からは複数のジップロックが出てきた。その一つには大きな黒い文字で「ミナト」と書かれていた。間違いなく俺の字だ。
 
「ちゃんと残っているもんだな。うわ、ポケモンカード! しかも激レア!」
 
 ジップロックの中には、さらにブリーフケースに包まれたポケモンカードが入っていた。当時でも激レアだったカードだ。今となっては凄く貴重なものかもしれない。
 そしてもう一つ。「20歳の自分へ」と書かれた封筒。
 
「そうだったね。宝物と、20歳になった自分への手紙を入れたんだ」
「思い出してきました。何を書いたかまでは忘れましたが」
 
 イチカとロケットが感慨深そうに呟いている。
 だが俺には、過去の自分が書いた手紙より、気になるものがあった。
 
 それはタイムカプセルの一番底に入っていた。
 ジップロックには、細いマジックペンで名前が書かれている。宝物は入っておらず、中には手紙だけが入っているようだった。

「オリーブの手紙だ」

 俺は、18年ぶりにその女の子の名前を口にした。

◆ロケット①

 オリーブ。
 ミナトがその名前を口にした時、僕は「柏木高志」と書かれたジップロックを握り潰しそうになった。小学校では誰もが僕のことをロケットと呼んでいた。それでもフルネームを書くところに、我ながら几帳面さを感じる。

 ずいぶん勢いの良さそうなあだ名だが、実際の由来は当時の僕の夢が科学者で、特に宇宙への憧れを持っていたからだ。現実には銀行に就職した。宇宙開発ベンチャーへの融資を断った時には、少しだけ心が揺れた。
 
 オリーブは、なぜオリーブと呼ばれていたのか。
 僕が知り合った頃には彼女はもうオリーブで、その由来は思い出せなかった。でもオリーブの樹を思い浮かべると、妙にしっくりくるような少女だった。小さな葉やその実の可憐なイメージが先行するが、実際にはとても固くて太い幹がある。
 
 彼女は女子の中では珍しく、どのグループにも属していないようだった。でも孤立していたわけでもなく、どのグループとも仲が良い。誰からも愛されているように見えた。
 小学校という狭い世界において、それは奇跡のような存在だった。いつでも静かに笑っていて、彼女に憧れていた男子も多かったように思う。
 
 ミナト、イチカ、僕、そしてオリーブ。あの日、僕らはタイムカプセルを4人で埋めた。覚えている。卒業式の一週間前、3月18日のことだ。
 
 でも3月25日、卒業式の当日。そこにオリーブの姿はなかった。
 
 先生からは風邪でお休み、とだけ言われた。実際にそう伝えられていたのかも知れない。でも僕は知っていた。
 
 彼女は、卒業式の日にはもう、この街には居なかった。
 
 

◇イチカ①

 ミナトがオリーブの名前を口にした時、ロケットは驚いた様子だった。私も一瞬遅れて、驚いたふりをする。
 そこにオリーブの手紙があることは知っていた。だからこそ、タイムカプセルを掘り返すことを提案したのだ。
 
 オリーブは、全てを計算したような女の子だった。
 女子のグループにはどこにでも顔を出していて、普通なら八方美人と妬まれるところだ。でも、その妬みをバランスよくコントロールしていた。
 どのグループも彼女のことを気にしていて、クラスの流行りや交友関係なんかは、裏で彼女が操っていたんじゃないかと思うことすらある。

 オリーブというあだ名は、彼女が好んで着ていた服のブランドから付いたものだった。だがそれさえも、彼女のイメージ戦略だった気がしてくる。
 
 だからこそオリーブが私たち3人と一緒にタイムカプセルを埋めることになった時、何か狙いがあるのかと警戒した。
 彼女は特別、私たち3人と仲が良いわけではなかった。でも、いつの間にか私たちのそばに居て、タイムカプセルを一緒に埋めにいくことになっていた。
 
 あの日のことは、鮮明に思い出すことができる。
 タイムカプセルを埋めた後の帰り道。家の方向が同じだった私とオリーブは、二人で一緒に帰った。他愛のない会話の隙間に、鼻唄を歌うように彼女は言った。
 
「私、殺されるかも知れない」
 
 オリーブの顔は微笑んでいるように見えた。
 月明りを横から受けたその顔に、私は生まれて初めて色気というものを感じた。

 

 「イチカ、さすがに寒くないか」
 
 ミナトの声で意識が現在に戻される。
 
「あ、ごめん。昔のこと思い出して浸ってた」
「いや、俺も懐かしさがヤバいわ。でも寒いし。近くに知ってるバーがあるから、飲みながら喋ろうよ」
 
 バーに向かう。先頭を歩くミナトの手には、自分宛の手紙に加えて、オリーブの手紙が握られていた。
 

■ミナト②

 久しぶりに来たバーに、客はまばらだった。
 
「ご無沙汰してます。テーブルいいですか」
 
 空間は心地よい無関心とオレンジ色の照明に満たされている。マスターに声をかけてから、照明が少し影作っている奥のテーブルに座った。
 
「タイムカプセル、本当に見つかるとは思いませんでしたね」
 
 ロケットが切り出し、会話が始まる。ロケットは自分への手紙とともに、ボロボロの望遠鏡を手にしていた。
 彼は当時、宇宙飛行士になるのが夢だった。性能の低い小さな望遠鏡で、空を眺めているのを見たことがある。何が見えるのか、と聞いたら首を振って、「正直、こんなのじゃ何も見えません」と言っていた。でもそれは宝物だったのだ。
 
 当時の夢の話や、ポケモンカードの話で盛り上がる。ただ、その会話は無理にオリーブのことを避けているようで、どこか白々しく感じた。

  オリーブは優しくて、寂しがり屋だった。
 そのあだ名は彼女の苗字を文字ってつけられたものだ。でも中学年になる頃には、彼女の苗字は変わっていた。
 
「お父さんのこと思い出して、ちょっと複雑なんだ」
 
 オリーブというあだ名について、寂しそうに笑っていたことを思い出す。
 
 オリーブと俺は、休みの日によく一緒に出掛けた。小学生だったし、そんな約束も交わしたことは無いが、付き合っていた、と言ってもおかしくないと思う。

 タイムカプセルを埋めた次の日、3月19日は土曜日だった。その日も俺は、オリーブと出かけていた。学校の裏手にある小高い山。その中腹にある池のベンチに腰掛けて、もうすぐ卒業だとか、中学でどんな部活に入るだとか、そんなことを喋っていた。
 オリーブからは、かすかに甘い香りがした記憶がある。思い出は甘美なもので、後から勝手に香りをつけてしまったのかも知れない。

 酒が運ばれてくる。俺はスコッチウィスキーのロック。ロケットはビール。イチカはハイボールを頼んだ。イチカは水たばこもオーダーしていて、それもテーブルにセットされる。

 あの日の夕方、オリーブは泣いていた。怖い、と言っていた。俺だけがそれを見ていた。だからこそ、俺には責任があるのではないか。
 
 イチカの吐いた水たばこの甘い煙が天井に消える。俺は単刀直入に二人に問いかけた。
 
「ロケット、イチカ。お前ら、オリーブが消えた日のこと、どこまで知っている?」

◆ロケット②

  オリーブが消えた日のことを、どこまで知っているか。
 オリーブという言葉を避けていた会話のど真ん中を切り裂くように、ミナトが言った。
 
「俺がオリーブと最後に喋ったのは3月19日。タイムカプセルを埋めた次の日だ。その日よりあとに、オリーブと会ったか?」
 
 ミナトの言葉には迫力があった。少しの間、バーの片隅に無言が落ちてくる。
 
「急にどうしたの? そりゃ、学校では会ったけど」

 イチカが口を開く。

「オリーブは何か言っていたか?」
「いや、喋ったかも知れないけど、さすがに覚えてないわよ」
「そうか」
 
 ミナトが僕の方に向き直る。
 
「ロケットは?」

 タイムカプセルを埋めた2日後、3月20日の日曜日に僕はオリーブと出かけた。
あの日のオリーブはとても楽しそうだった。僕は学校以外でオリーブと会えることが嬉しくて仕方がなかった。けど帰り際に、彼女は言った。
 
「ロケットは全部、知っているんだね」

「僕も学校では見かけたかも知れないけど、話はしていないです」
 
 問いに答える。そうか、と返事をするミナトの手元を、僕は見つめた。
 ミナトの手元、テーブルの上にオリーブの手紙が置いてあった。なぜあの手紙がタイムカプセルの中にあったのか。本当にあれはオリーブの手紙なのか。
 
 もし本物だとしたら、あの手紙は誰にも読ませるわけにはいかない。

◇イチカ②

 タイムカプセルを埋めた次の週、休み明けの3月21日に学校に来たオリーブは、明らかに元気が無かった。人間、元気が無い日もあるだろうが、オリーブがそれを周囲に見せるなんて今までに無いことだった。

 私は、昼休みに彼女に声をかけた。
 オリーブは、屋上で一緒にお弁当を食べよう、と言ってきた。お昼を一緒に食べるなんて初めてだった。

 でも、あの時聞いた話が真実だとしたら、オリーブの手紙は今ここで読まれるべきだ。そのためにタイムカプセルを掘り出した。

「オリーブのことは、ずっと気になっていたんだ。でも忘れようとしていた」

 ミナトが真剣に話す。

「でもこうやってタイムカプセルを掘り返して、皆でオリーブのことを思い出したのはさ、きっと何か意味があるんだ。オリーブが消えた日のことを、俺はちゃんと知りたい」

 そしてミナトは、置いてあった手紙を手にして言った。
 
「オリーブの手紙、今、ここで読んで見ないか」

(中編(さわきゆりさんのページ)に続く)

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