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Ep28.【最終回】ナオキチの涙 夢の跡 宇都宮編

2001.4.7

 夜通し歌って不眠で仙台を出発したので当然電車内は爆睡。何線でどう乗り換えたかは思い出せないが昼過ぎには宇都宮に着いた。昼は街を散策したり餃子を食べたりして過ごす。すっかり春の暖かさだった。

 夜を待って駅のコンコースで演奏開始。毎日さんざん歌っているので喉がガラガラなんだけどこれが案外ハスキーで良い感じだ。試しに昔作った「夏の終わりに降る雨は」を歌ってみるとやや枯れた声が曲にマッチしてとても良い。

 この時点ではまさかこの曲が自分のデビュー曲になるとは思ってもみなかった。後に40本送ったデモテープの中に入っていたこの曲がTBSスタッフの耳に留まりオーディションを経てCDデビューするのだがその話はいずれまた。
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「夏の終わりに降る雨は」2002年6月亀戸サンストリートにて
http://a-universe.jp/wp-content/uploads/2021/04/NatsunoOwarini_Live2002.mp3
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 引き続き歌っていると遠くの方でパンチパーマにサングラスのヤクザ風のおじさんが俺を睨んでいる。もしや「誰に断って商売しとんねん?」と因縁をつけられるのか?ビクビクしていたら案の定こちらに近づいてきた。

「お兄さん ビートルズ出来る?」

 愛想よく声をかけられて拍子抜けした。そんなの十八番ですよ!何曲か歌ってあげたら大喜び。人は外見で判断してはいけない。他に2人ほど女の子も聞いてくれていた。

 そこでおじさん「俺遠距離恋愛してるんだけどさ、お兄さん何か良いラブソング聞かせてくれる?」と言ってきた。何が良いだろう?と考えたら昔作った「遠く離れても」というバラードを思い出して歌ってあげた。そしたらおじさんが滅茶苦茶喜んでくれた。

 この曲が後の「Song for you」となる。凄く大事な曲だ。この曲は自分も遠距離恋愛していた頃にたった1人に向けて作った歌だった。プライベートな内容だしロックかぶれしていた当時の自分としては甘ったるいラブソングで、人に聞かすようなものじゃないと思っていた。
 
 それがいざ歌ってみたらライブで人気曲となりデビューCDにも収録した。その後YAMAHAのミュージックフロントという音楽サイトに投稿したら3ヶ月間1位を取り続けたのだからおじさんに感謝である。
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「Song for you」デビューCDより
http://a-universe.jp/wp-content/uploads/2021/04/SongForYou.mp3
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 夜も更けてきた頃二人組のサラリーマンが立ち止まって聞いてくれた。出張で来ていてビジネスホテルに戻ろうとしてたい所を立ち止まりそのまま明け方近くまで聞いていってくれた。

 カメラマンをしているという青年も一緒に加わり、皆ポリスとかイーグルスとかリクエストするものだからその辺は俺の十八番だし大いに盛り上がった。

 彼らがホテルに帰り時刻は4時過ぎ、男の子達がコンコースでゆずを演奏していたので声をかけ一緒に歌ったり話したりした。スコッチを飲みながら犬の散歩をしていた外人のおじさんが聞いてくれ、彼のリクエストでビートルズやボブディランを歌ってあげたら満足そうに帰っていった。

 既に10時間は歌い続けただろうか?みんなのチップやCD代やらで売り上げは12000円程になっていた。

 そろそろこの旅も終わりかな?名残惜しくて男の子達と話していたら、向こうからギターを抱えてサングラスをかけた男が、ジャカジャカギターを弾きながら歩いてきた(笑)目を合わせないようにしていたが元気良く「おはようございまーす」と挨拶されてしまった。

 ナオキチはよく喋る男だった。テンションが異様に高い。男の子達が始発で帰ったので二人で話していた。何か歌ってくれというので「Don’t go away」を歌ってあげたら泣き出してしまった。「自分の気持ちを歌われているみたいだ」と言ってどんどんテンションも落ちていった。
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「Don’t go away」2003年のライブから
http://a-universe.jp/wp-content/uploads/2021/03/DontGoAway.mp3
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 ナオキチの首には黒い手編みのマフラーが巻かれていた。一年前に別れた彼女から貰ったものらしい。ナオキチが薬を辞められなかった事で彼女は出ていったそうだ。テンションの上がり下がりはそういう理由か。。。

 ナオキチは泣きじゃくりながらこう言った。「俺ちゃんと薬をやめてまた彼女に戻って来て欲しいんです。でもどうしてもやめられなくて。。。」

 その様子が昔の自分と重なった。旅の一年程前結婚の約束をしていた遠距離恋愛の彼女と別れた。同居人の強盗事件やゴタゴタから人間不信に陥ってのすれ違いだった。別れてからも中々忘れられず寝ても覚めても彼女のことばかり考えていたが何も出来ず堪らなく無力に感じた。

 泣きながら更生したいと願う弱々しい彼の姿を俺は責められなかった。ナオキチは薬をやめられただろうか?芸能人が覚醒剤で逮捕されたニュースを見ると時々彼の姿を思い出す。最後に彼は笑顔で「俺絶対頑張ります!」と言いながら何度も何度も手を振ってくれた。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静かだった。自分のこの旅がいよいよ終わることがまだ信じられなかった。いや、今から思えばここまで旅を出来たことの方がまるで夢のようだった。

 つわものどもが夢の跡。。。誰もいなくなった夜明けのコンコースを背にして俺は宇都宮駅の改札をくぐった。そんな風に俺の一ヶ月弱の日本一周の旅は終わりを迎えた。

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