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私の会社員生活振り返り(育休が終わる)

 「保育園に預けたくないのはわがままか」という記事を書いた半年後、年度途中で入園できることが決まった。人生って面白いですね。笑

 毎日シャキッとした格好をして仕事をする、楽しみでもあるんだけど…。今回は、勇気を出して辛かった思い出を書きます。


 私は地元の企業に入社して7つの職場を経験してきた。20代後半から30代にかけてがとても忙しくて休日出勤は当たり前、てっぺん(24時)を超えることもざらにある職場環境だった。
 出張で全国を飛び回り、体力勝負で栄養ドリンクを常に持ち歩く生活。14日間連続で出張したこともあり、家の観葉植物が枯れた。
 誰でも経験できるわけじゃないからラッキーだよ、と周りに言われた。確かに仕事内容自体は楽しくて、これらの経験や出会った仲間はわたしの貴重な財産だ。

 尊敬する上司や先輩がいたのでその人たちのために、なんとか力になりたくて一生懸命長時間労働をしたけれど、数年経つとだんだん体もしんどくなってきて、頻繁に高熱を出すようになった。上司に言われた言葉は「休むから体調を崩すんだ。働き続けろ。」私は膝から崩れ落ちる思いだった。おいおい、私はこの上司のために、必死に頑張ってきたんかい…私の数年間返してくれ…

 ちょうどその時期、別の上司に飲み会の席でドライブに誘われた。ただでさえ忙しくて自分の時間がないのに休日まで上司と過ごすのは勘弁してほしかった私は「酔っていて覚えていません、何のことでしたっけ…?」と返してみた。それが彼の逆鱗に触れてしまったようで、そこからパワハラが始まったのだった。とほほ。。

 激務だけならなんとか我慢できたけれど、そこにパワハラがオンされて、私の心は踏ん張ることができなくなってしまった。
 まず夜眠れなくなり、なんとか朝を迎えても会社に行く足がまったく動かない。でも這うように会社に行った。たまの休日はベッドから一歩も出られず、常にその上司のことが頭から離れない。気を抜くとなんだか涙がとまらない。

 ある休日、起き上がれないベッドで過呼吸になった。「つらい。苦しい。上司が憎い。もう疲れた。このまま死にたい。死んだらあの上司はやりすぎたって反省してくれるかな。」と思ったときに、私メンタル病んでしまったな、と自覚した。

 勇気を出してメンタルクリニックに行き、号泣しながら状況を話し、睡眠導入剤と抗うつ剤を処方された。そのことを報告した途端、一ヶ月の休職が決まった。
 会社に戻ると部内でグループが異動になっていて、その上司は手のひらを返したように優しくなった。

 そうして訪れた平和な日々を送る1年後、結婚して妊娠した。


 これが私の会社員生活のまとめだ。

 ここまで書かなくてもわかっていた。私はこの職場に戻ることが少し怖いんだ。だって、今はなにより娘が最優先の生活を送っているし、娘以上に大切なことなんてないんだもの。復職後もこのスタンスを保てるだろうか。また長時間労働の波に飲まれて、娘に負担をかけてしまわないだろうか。でも。娘が世界一かわいい。娘のためなら本当に何でもできるから、残業を断る勇気もきっと持てるだろう。と思うことにしたら、少し楽になりました。笑

 こう振り返ると、私の人生は、娘が生まれたことで一発大逆転したなぁ。こんなに穏やかで幸せな時間が自分に訪れるなんて、と驚きながら、日々、娘の育児をしてきたのだ。
 保育園。娘にとってはお家の外に出て新しい生活のはじまり、わくわくするね。きっと楽しいことがたくさんあるよ。と寝ている娘に話しかける。

 あああ、でも寂しい。子離れできない母です。
 入園までの娘との緩やかな日々を、引き続き味わい尽くそうと思います。つきあってね、娘ちゃん。




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