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未練の先に。

1章:朝

「じゃあ、母さん行ってくるね」

「・・・」

静かな朝。何も言わない母さんを背に俺は玄関を出た。

“ジリリリリ…”

「ん〜…もう朝かあ」

目覚ましのアラームで15歳の俺は目を覚ました。

またあの夢…。最近よく見るな…。

寝起きで頭が働かない中、1階から母さんの呼ぶ声が響く。

「満(ミチル)ー!いつまで寝てるの!朝ご飯出来たわよ!」

俺は慌ててベットから出ると支度を始める。
カーテンを開けると今日も変わらず窓から見える海が太陽の光で輝いていた。
1階に下りると普段と変わらず朝ご飯が置いてあり、母さんと父さんはもう座っていた。

「満は昔から朝が苦手だなあ」

「それはあなたもでしょう?親子揃ってお寝坊さんなんだから」

2人は笑いながら今日も話している。

本当つくづく仲良し夫婦だよな…。

俺も思わず笑いながら席に着く。

「「いただきます」」

パンと目玉焼き、スープなど今日も家族揃ってたわいの無い話をしながら
食べる。
最近あの夢のせいなのか、俺はこんな当たり前の光景に泣きそうになる。
誤魔化す様に俺は残りのパンを食べきってお皿を片付ける。

「じゃあ、俺もう行くから!行ってきます!」

「「行ってらっしゃい」」

笑顔でそう母さんと父さんが言うのを聞いて俺は玄関を出る。
学校までは自転車で30分かかる。学校行きのバスも近くにあるが、俺は
潮風を感じながら海を見るのが好きだから今日みたいな天気の良い日は
バスは使わない。

「今日も気持ち良い朝だな」

清々しい気分で俺は夏の海を見ながら学校へ向かった。

学校に着いてから教室に行くといつものメンバーである友人の
灯(アカリ)、渉(ワタル)、楓(カエデ)が俺に気づく。
真っ先に声をかけてきたのは長い黒髪をひとつ縛りにしている灯だ。

「満おはよー!今さ、3人で話してたんだけど今度の土曜日にある“夏まつり”
また今年も皆で行かない?」

「あ〜そう言えばそんな時期か。予定もないし全然OK!」

「じゃあ決まりだね!楓と私はなんと初の浴衣で行くよ♪」

灯はそう言って楓の肩に手を置く。

「似合うかなぁ…。私髪切っちゃったし...。浴衣なんて着た事ないし…」

楓はそう言いながら肩にかかるくらいの髪を触りながら言っていた。
灯りがその言葉を聞いて楓の事を褒め尽くしている中で渉は俺に話しかける。

「そしたら僕達も浴衣で行こっか!」

ふんわりとセットされたマッシュヘアで渉はピースする。
俺は内心ジャージで行こうとしていたが慌てて“了解”の意味で親指を立てた。

それから俺たちは朝のチャイムと共に席に着き1日が始まった。


2章:昼

「灯のやつまだこないのかよ〜」

俺は屋上で伸びをする。灯は理科で使った道具の片付けがある為、
俺と渉、楓は先にいつものように屋上でお弁当を食べ始める。

「灯ちゃん理科係だからね…。天野先生と片付けしてるんじゃないかな」

「天野先生となれば片付けだけでも時間かかりそうだよね笑 無気力先生だから」

そう渉と楓が話していると俺はふと朝の夢を思い出す。
2人が急に箸が止まった俺を見て不思議そうな顔をする。

「満くんどうしたの?」

「ん?いや、なんか最近週に数回だけど同じ夢を見るんだよね…」

「同じ夢…?どんな夢なの?」

「朝なんだけどさ、母さんが1人だけいて俺が“行ってきます”って挨拶しても何も反応がないっていう変な夢なんだよなあ」

「“満くんは”そういう夢なんだ...」

楓のサラッと言った言葉に俺は驚く。

「“は”って楓も同じ夢見るのか?」

「うん…。私は…その…虐められてる夢を何度も見るの。いつも私は1人で歩いてて、上から水を落とされて目が覚めるの。最近は毎日見る様になって嫌になっちゃう」

「毎日!?俺も嫌な夢だけど楓はもっと嫌だな、それ」

「僕は事故に巻き込まれる夢…かな。毎日ではないけど」

渉の言葉に今度は俺も楓も驚く。
偶然にしてもなんともおかしな話だ。

「そんなことあるのかよ…。皆疲れてんのか?」

そう俺が言った時に灯が走ってきた。

「天野めっ。こき使いすぎだっての!……て、皆どうしたの?空気暗くない?」

俺たちは今話した事を灯に伝えると灯も驚いていた。

「なんかそれ凄いね...!私は同じ夢見てないなあ。夢自体覚えてないし…まあ、ほら!皆疲れてるんだよきっと!」

「それさっき俺も言ったわ」

「え~満ったら真似しないでよ」

「真似はそっちだろ!」

「あはは、それこそ土曜日のお祭りで皆発散しようよ!」

俺たちは灯の話を聞いているうちに夢の話もどこかにいってしまった。
昼休み終了のチャイムも鳴って俺たちは教室へ戻ろうとした時、灯は小さな声で
俺たちの後ろから言った。

「この世界を皆楽しんでね…」

「灯、今なんか言ったか?」

「なにも言ってないよ!それより授業遅れちゃうから行くよ!」

俺しか聞こえていなかったのか聞き間違いだったのか、楓と渉は楽しそうに話しながら歩いていく。

俺は灯に背中を押されながら教室へ向かったのだった。


3章:放課後

放課後部活をやっていない俺は帰ろうと廊下を歩いていると白衣を着たボサ髪の
天野に呼び止められる。

「お前暇だろ、ちょっと手伝ってくれないか」

暇なのを否定できない俺は時間潰しに手伝う事にした。
理科室に行ってからは汚れている実験器具を洗わされた。
勿論天野は呑気にコーヒーを飲んでいる。
背も高くスラッとしていてモテそうなのに30歳で独身なのは納得だな。

「…あの、天野先生ってなんでそんなに毎日無気力なんですか」

淡々とやってても退屈な為、俺は話題をふった。

「そうだなあ。この世界全力で生きても意味ないからな」

「生徒にそれ言っちゃうんですか笑」

「まぁな。そろそろ終わるかな、この世界も」

「…先生なんかやばい粉とか使ってないですよね?」

「使ってねぇよ。ほら洗い物終わったら帰った、帰った」

俺は時間も潰せたこともあり実験器具を置いて帰ろうとカバンを持つ。
ふと天野が俺を呼び止める。

「なぁ。お前、今幸せか?」

「幸せですね」

俺はすぐに答えた。
暖かい家族、友人に囲まれて俺は幸せすぎるくらいだ。


理科室を後にして俺は家に帰る。
帰り道は夕暮れと海の景色が綺麗で思わず写真を撮ってしまったくらいだ。

俺の日常は平穏で暖かい。
この先もきっと俺はこの日常を過ごせるんだろうな。


4章:夏祭り

「よし!これで完了よ♪それにしても満、浴衣着てくなんて好きな子でも
出来たの?灯ちゃんと楓ちゃん…どっちかしら」

「いや、浴衣着たからって何でそうなる…」

俺がため息をつく隣で母さんはニヤニヤと笑っている。
そんな話し声を聞いて父さんもテレビを見ていたが会話に入ってくる。

「満、女の子を惚れさせるなら父さんがアドバイスでも…」

「いや、だから違うから!もう時間だから行ってきます!」

俺は逃げる様に恥ずかしくなって玄関を出ていった。
あっという間に土曜日になり、俺は今“夏まつり”が行われる神社の階段前で
3人を待っている。最初に来たのは渉だった。

「満早かったね。女子組はまだかな」

「浴衣着てくるって言ってたし女子は色々と時間もかかるんじゃないか?」

そう俺が言った時、灯の声が響く。

「2人ともお待たせ!」

思わず俺は普段と違う女子組にドキッとしてしまう。
渉もそうだったのかほんのり顔が赤くなっていた。

「灯ちゃん私変じゃないよね…?渉くんも満くんも黙っちゃったよ」

「2人とも何照れてんの!言うことないの?」

灯は俺と渉を茶化すように言った。

「楓ちゃんも灯ちゃんも可愛いよ。似合ってる」

「まあ、楓は分かるけど灯はなぁ…」

「何それ!私も可愛いでしょ!?満は素直じゃないな〜」

「2人ともありがとう。満くん本当は灯ちゃんのことも可愛いと思ってるんだよね」

楓は俺の心を見透かす様に微笑む。
俺はこれ以上見透かされない様に屋台の方へ歩いていった。

それから俺達は様々な屋台を巡った。
射的、ヨーヨー釣り、りんごあめ、くじ引き…全部が良い思い出になる。
でも、屋台を巡る度に楓の元気が無くなっていた。
灯も気づいた様子で“ちょっと休んでくる”と言って楓を連れて何処かへ
行ってしまった。

「じゃあ俺達は先にいつもの場所行ってるか」

「そうだね、楓ちゃん大丈夫かな…。僕も行った方が…」

「あのさ、渉ってぶっちゃけ楓のこと好きだろ?」

俺がそう言うと渉は顔を真っ赤にした。

「やっぱりなあ。お似合いだと思うぜ、お二人さん」

「そ、そういう満だって灯ちゃんの事好きなくせに」

「はあ!?俺は別に…!」

俺はつくづく嘘が下手だと思った。
まあ、渉に嘘をついてもしょうがないか。

「…絶対言うなよ。俺達の秘密だからな」

「はいはい、満と灯ちゃんも僕はお似合いだと思うよ」

「うるせーよ」

俺と渉はそう言って笑った。
それからいつもの場所、花火がよく見える丘まで俺達は行った。
しばらくしてから灯と楓は戻ってきた。

「楓もう大丈夫なのか?」

「うん!もう大丈夫。心配かけてごめんね」

楓も元気になったみたいで良かった。
時間も丁度良かったのか花火も上がり始めた。
俺達“4人”は座って花火を見た。

楽しく見ていると楓がゆっくり立ち上がり、俺達の方を見る。
花火に照らされた楓の表情はなんだか寂しそうだった。

「私ね、今年も皆とこうやって花火が見れて嬉しい。
私ずっとひとりぼっちだったんだ。ずっと…、ずっと友達がいなくて虐められてて辛かった。でも、“この世界”は違った。皆と会えた。夢だった“友達と浴衣を着てお祭りに行く”っていうのも叶った」

「楓ちゃん…?それって夢の話だよね?」

渉が不思議そうに楓を見る。勿論俺もだ。
灯だけは真っ直ぐ楓を見て話を聞いている。
楓は涙を流しながら笑顔で話続ける。

「私もただの悪夢だと思ってた。でもね、“この世界”が夢だったんだね…。
私の“未練”は無くなったからもう、いかないとだね。皆、もし私が生まれ変わってまた皆と会えたら…」

最後の花火が打ち上がった時、楓は俺達に今までの中で一番の笑顔を見せた。

「「また友達になってね」」

そう楓が言ったのと同時に目の前が真っ白になる。
俺の意識はふと無くなった。

「じゃあ、母さん行ってくるね」

「・・・」

静かな朝。何も言わない母さんを背に俺は玄関をでた。

「お〜い…満…?」

「満〜…」

遠くで声がして目を開けると灯と渉が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「あ!起きた!もう、2人とも花火見てたら突然倒れちゃうんだから…」

「倒れた…?」

「そうだよ。“3人”で花火見てたら急に2人とも倒れる様に寝ちゃってさ、大丈夫?」

渉も失笑している。
俺達夏まつりに来て“3人”で屋台巡りして花火見て…。

「3人…?俺達って3人で来たんだよな…?」

俺の言葉を聞いて2人は怪訝な顔をした。

「満大丈夫?なんか変な夢でも見た?私と渉と満、“3人”しかいないよ?」

「うん。今日はもう帰ろうか。花火も終わったし」

ぼんやりしている俺を心配しながら2人は帰る準備をする。
なんだか大切なことを忘れているような…。
俺は胸に引っ掛かる“何か”を考えながら家に帰った。

「ただいま〜」

「「おかえり」」

母さんも父さんも笑顔でこたえる。

「満、好きな子に告白とかしたの?」

「うまくいったか?」

容赦ない質問攻めにあい、俺はお祭りでの出来事と最近よく見る
夢の話を話すことにした。
しかし、それが返って母さんと父さんの心配に変わり、今度は
“悩みでもあるんじゃないか”と質問攻めにあってしまった。
俺はなんとか“休めば大丈夫”と言い続けて寝支度をした。

「3人…。同じ夢…。あ〜〜!もう分かんねえ。寝よ」

俺は考えるのをやめて布団をかぶってそのまま眠りについた。

5章:冬

あれから俺の中で引っ掛かる“何か”はまだ分からないままでいた。
そして季節は夏の暑さから冬の寒さに変わった。

学校に早く着いた俺は教室には誰もいないかと思ったが、渉が窓の外を見ていた。渉は俺に気づくと話だした。

「おはよう、満。雪降ってるけど自転車できたの?」

「いや、今日は流石にバスで来た。皆と同じ時間だと混むから早く来たけど
渉も早かったんだな」

「うん。やっぱり事故に巻き込まれる夢を見るとどうしても目が覚めちゃってさ」

「まだ渉も同じ夢を見るか…。どうせ同じ夢ならもっと楽しい夢にして欲しいよな」

「本当にね。今まで1週間のうちで数回だったのに最近になって
毎日夢を見る様になって…」

それで渉の目の下にはクマができてるのか…。

「それこそ病院とか渉は行ったか?」

「この前行ってきたよ。先生からは“疲れやストレスの影響”だってさ。
夢のせいなのに困るよね。まあ、今度初めて家族で“クリスマスマーケット”行けるしそれを楽しみにしようかな」

「おっ!渉も遂に行けるのか!お父さん休み取れたんだな」

「毎年仕事だったからね。やっと家族で行けるよ」

渉はそう言って嬉しそうに目を輝かせた。
前から家族で行きたいって言ってたもんな…。
俺もそんな渉を見て微笑んだ。


一日を変わりなく過ごし、俺はいつもの様に家に帰ろうとすると、
灯に声をかけられる。

「満、今日一緒に帰らない?」

「ん?良いけど美術部良いのか?」

「もう作品出来たからやることなくてさ、今日はもう帰る!」

灯はそう言ってピースをした。
それから俺と灯は家が同じ方角なのもあり、2人でバスを待つことにした。
部活をしている生徒が多い為、バス停はこの時間人もあまりいない。
俺は自販機で暖かいコンポタージュ買ってから、ベンチに座っていた灯の隣に座る。

「…満ってさ、今度のクリスマスマーケット行く?」

灯はバス停に貼ってあったクリスマスマーケットのチラシを見て言う。

「いや、行く予定は無いけど…」

「じゃあ一緒に行こうよ♪今日渉がさ、“今年は家族で行くから2人で行きなよ”って言ってたから満はどうかな…って」

灯の誘いに俺は思わず飲もうとしていたコンポタージュを落としそうになる。

夏祭りの日、渉に“灯の事が好きだ”ってことを伝えたのが良かった…!

俺は心の中で渉に感謝を告げながら勿論“OK”と応えた。
上機嫌な俺が家に帰ると、母さんが楽しそうにクリスマスツリーを飾っていた。

「あ、満おかえり。今年もツリー良い感じでしょ♪」

「良い感じだよ。そう言えば母さんと父さんも今年2人でクリスマスマーケット
行くの?」

「勿論♪満も渉くんと灯ちゃんと行くんでしょ?」

「ん〜…今年は渉が家族と行くから俺は灯と行くかな〜」

現地で鉢合わせして騒がれるより今のうちに説明する。
案の定母さんは目を輝かせた。

「えっ!それってデートじゃない♪渉くんは灯ちゃん好きって訳じゃなかったの
かしら…。男2人、女1人の仲良し“3人グループ”が遂に灯ちゃんを巡って戦ったりはしないわよね…」

母さんが勝手に妄想を膨らませていると、父さんが帰ってきた。
母さんと父さんは仲良くお互いに空想の話で盛り上がっている。
2人がまた騒ぎ立てる前に俺は自分の部屋へ逃げたのだった。


6章:クリスマスマーケット

緊張している俺とは違って、灯は普段と変わらないまま俺に接してきた。

「今年も賑わってるね!どれも可愛くて迷っちゃうな…」

夏と違って髪をおろしており、白のニット帽にクリーム色のコート。
それに黒のミニスカートでロングブーツときたら俺はつい可愛い灯に目が
いってしまう。俺は必死に平常心を保って灯と一緒に今、
クリスマスマーケットに来ている。

「満〜。さっきからジロジロ私の事見てるでしょ〜。やらしい〜♪」

「見てねえよ。誰が見るかってんだ」

「それはそれで酷くない!?満は本当、私に厳しいんだから」

そう言って頬を膨らませる灯に俺は自分の性格を恨む。
灯はいつもの事なのもあり特に気にしてない様子で雑貨を見に行く。

「あ!これ可愛い!天使のキーホルダーだ」

「サンタとか色々あるけど天使が良いのか?」

「うん!これ気に入った♪私買お〜」

灯がそう言った時、俺は思わず灯の手から天使のキーホルダーをとる。

「これ、買ってやるよ」

「嘘!?良いの!?」

「クリスマスプレゼント…的な?」

「今日の満イケメンだっ…!」

「うるせえ。いつもイケメンだろうが」

そう言って灯と俺は笑った。
灯の笑顔を見て俺は今日、告白する決心がついた。
緊張している中で仲良く母さんと父さんが買い物をしている姿を見たが、
俺は灯の視界を遮るように移動して、なんとか鉢合わせない様にできた。

「満、最後にクリスマスツリー見に行こうよ!」

「俺もそれ思ってたとこ。行くか」

このクリスマスマーケットでは大きなクリスマスツリーが飾られている。
告白するにはもってこいのスポットだ。
心臓の音が聞こえそうなくらい動いている。
俺と灯は大きなクリスマスツリーへと向かったが、そこには涙を流している
“渉”の姿があった。

「渉…?どうした?家族と来てたんじゃないのか?」

俺は灯への告白を先延ばしにして渉に声をかける。

「満…。僕ね、家族と来たら思い出したんだ。本当は家族で来れなかった“今日”を」

「お前、何言って…」

その時、俺は激しい頭痛に襲われる。
頭を抱える中であるはずのない夏祭りの記憶が流れ込む。

鮮やかに光る花火の中で話してくれたのは…誰だ…?

俺は渉の方を見ると、渉の周りには白い光が優しく光っていた。

「“本当の世界”では今日、家族でこのクリスマスマーケットに来る時に
電車で爆発事故があったんだ。僕たち家族は今日、本当はクリスマスマーケットに来れなかったんだ…。でも、この世界で僕の“未練”は無くなった。“楓ちゃん”と同じ所に行かなくちゃ。」

そう言って渉は俺の方から灯に目を向ける。

「「見守ってくれてありがとう。灯ちゃん」」

渉がそう言って灯が微笑んだのを最後に俺はまた意識を無くした。



「じゃあ、母さん行ってくるね」

「・・・」

静かな朝。何も言わない母さんを背に俺は玄関をでた。

辺りから賑やかな音がして俺は目を覚ました。

「あれ…?俺…。」

「大丈夫?またふらついたかと思ったら寝ちゃうんだから。てか重いよ」

気づけば俺はクリスマスツリーの前にあったベンチに座って灯にもたれかかっていた。

「あ、ごめん…」

「私は別に良いけど…。ただ…満。何で泣いてるの?」

俺はふと顔に手をあてる。
暖かい液が指に触れる。



ーー俺の目からは涙が溢れていた。

7章:違和感

季節は春。俺は灯と一緒に屋上でお昼を食べていた。

「…最近さ、勘違いされるんですけど」

灯がふとむすっとした顔で俺に話しかける。

「勘違い…?何が?」

「分かんないかなぁ。私達、仲が良すぎるから“付き合ってるんじゃないか”って
勘違いする人が多いって話」

「まぁ、確かに。去年、夏祭りとかクリスマスマーケットとか“2人”で行ったしな」

「そう!それ!恋人イベント全部行っちゃってるから!」

「いっそ付き合っちゃう?なんて…」

灯は俺の言葉を聞くと顔が真っ赤になったが誤魔化す様に笑った。

「ないないない!私と満が付き合う!?面白すぎでしょ!」

「本気にすんなよ。嘘に決まってんだろうが」

「だよね!よかったぁ〜」

内心はっきりとフラれた俺はショックを受けている。
灯はそんな俺に気づく訳もなく話だす。

「…ねぇ、満。同じ夢…。毎日見るようになったんだっけ?」

笑いも落ち着いて灯は真面目に俺に聞く。
灯は笑顔が多いこともあり、俺はいつになく真面目な表情に違和感を感じた。

「そうなんだよな…。クリスマスマーケット行った時から毎日見るように
なっちゃって。医者に言っても“疲れですね”ばかりで嫌なるわ」

「そうなんだ…。でも、もう少しできっと見なくなるから大丈夫だよ」

「何で灯が分かるんだよ」

「なんとなくだよ!なんとなく!」

灯は再び笑顔になって笑う。
その表情はどこか悲しく、寂しそうだった。

放課後になり、俺はまた天野に呼ばれて実験道具の片付けをしている。
窓から見える桜を見ながら天野はまたコーヒーを優雅に飲んでいる。

「お前しかいなくなっちまったな」

「え?」

片付けてる俺を見て天野は呟く。

「最近、違和感を感じること増えたんじゃないか?」

「違和感…。まあ、毎日同じ夢を見たり、ふと俺の知らない記憶が
入り込んでくるとか違和感だらけですね」

「そうか…。そういう違和感ももう少しだろうな」

「灯にも同じ事言われました」

「だろうなぁ。あいつも辛いだろうな」

「あの…。灯も天野先生も何か知ってるんじゃないんですか…?」

そう俺が言ったのと同時に放送で天野が呼ばれる。
天野はダルそうに椅子から立ち上がる。

「ちっ。会議めんどくせぇな。お前、あとはよろしくな〜」

何だか逃げられた気もするが俺は片付けてから家へ帰った。
家に帰ると今日もまた母さんと父さんが仲良く話している。

そんな当たり前の日常なのに何で俺は幸せであればある程
悲しくなるんだろう__。


8章:中間世界

今日は家族でお花見をすることになった。
俺は満開の桜の下で母さんが作ってくれたお弁当を食べる。

「満そんなに慌てて食べなくても大丈夫よ」

「いや、美味しくてつい…」

いつも食べてる母さんのお弁当が何で今日はこんなに懐かしく感じるんだろう…。俺は気づいたら何故か涙が出ていた。

「ちょっと満!泣くほど美味しかったの?」

「何でだろう。俺…。涙が止まらないんだ」

「もう、大丈夫?涙拭いて沢山食べなさいよ」

母さんは俺にハンカチを渡して微笑んでいた。
その時、車に何か取りに行っていた父さんがグローブとボールを持って戻ってきた。

「なんだ、満。泣く程母さんのお弁当が美味しかったのか?まぁ、それは
父さんも同じだがな!」

「もう、恥ずかしいじゃない」

父さんと母さんはそう言って笑った。
父さんは俺の隣に座ってグローブを渡す。

「後で海に行ってキャッチボールしないか?」

「え〜。親子でって恥ずかしいだろ。俺もう中学生なんだけど」

「良いじゃないか!満が小さい時よくやっただろ?」

「そうだけどさ…。まぁ、いっか。後でやろ」

それから俺は食休みもして、父さんと歩いて海へ向かった。
時間はもう夕方になっていて、海もオレンジ色に輝いていた。
父さんと俺はお互いグローブを手につけてキャッチボールを始める。

「満!最近どうだ?」

「同じ夢を見るだけで変わりないよ!」

「そうか!じゃあ、もし父さんが急に倒れても大丈夫だな!
母さんの事頼んだぞ」

父さんの言葉を聞いてボールを受け取った時、俺の頭の中で今までの、全ての記憶が入り込んできた。

思わず目を閉じてゆっくり開けると、父さんも海の波も、飛んでいた鳥も全てが
止まっている世界があった。

「満」

声がする方を見るとそこには灯と天野がいた。

「灯、先生…。俺は…。」

「未練達成だね。おめでとう、満」

「…この世界は全部夢だったんだな」

灯はうなずく。天野はゆっくり波も止まっている海を見ながら話しだす。

「ここは“中間世界”って言ってな。若くして命を落とした若者が未練を無くして
成仏する世界なんだ」

俺は静かに話を聞く。全てを思い出した俺は不思議と穏やかな気持ちだった。
夕暮れの空を見るとそこには網目状の金色の線がひいてある。
灯は線を指でなぞるように話す。

「楓はね、虐めで自殺した子なの。未練は“友達と浴衣を着てお祭りに行く”
ことだった…。1人ぼっちだった楓にとってはお友達とお祭りに行くのは何よりの
幸せだったんだろうね…」

「渉の未練は“家族とのクリスマスマーケット”だな。初めて家族で行く予定だったクリスマーケットに行く途中で電車の爆発事故に巻き込まれてしまった」

「皆ね、未練が達成されそうになると現世での“夢”を見る様になるの。
未練が達成されるとその人は記憶も全部思い出して穏やかに成仏できる。中間世界に残ってる人は成仏した人の事は自分が成仏する時まで忘れちゃうけどね」

「これで違和感も無くなっただろ。満、お前にも未練があったんだろ?」

俺は天野の言葉にうなずく。2人は真っ直ぐ俺を見ている。

「俺の未練は“家族”と“当たり前の日常”だ」

俺の体はゆっくり光だす。
今までのことを、俺は整理しながら目を閉じて思い出していった。

9章:未練

家族の最後の思い出は父さんが病気で亡くなる一ヶ月前のお花見だった。

本当はあの日、キャッチボールは出来なくて父さんは俺と歩いている時に
倒れてたんだったな…。

「じゃあ、母さん行ってくるね」

「・・・」

仲良しだった父さんを亡くして母さんは抜け殻になってしまった。
ずっと話さずただ座って父さんの遺影を見るだけの母さんを1人に出来なかった。
俺は児童保護施設に行かず、父さんが残した貯金と朝の新聞配達やバイトで生活を補っていた。

「満くんいつもよく働くね」

「お金、稼がないとなんで…」

「まだ中学生でしょ?本当は色々やりたいだろうに…」

バイト先のおばさんが母さんの事を何か言いたそうに俺を見る。
俺の家庭環境を知っている周囲の大人は皆同じ表情をする。

学校でも同じだ。皆俺の家庭環境を知ってからは俺から離れる様になった。
仲が良かった友人も俺を見なくなった。

「満、最近授業中寝てる事多いらしいな…。まぁ、家庭環境もあってバイトで朝早いのは分かるけどな…。内申点にも響くしな…。やっぱりお母さんが心配なのも分かるが施設に行った方が良いんじゃないか?」

学校の担任も同じだった。
学校の帰り道、俺はやるせない気持ちになった。

父さんがいた頃の暖かかったあの“家族”に戻りたい…。
友人とたわいのない話ができてたあの“当たり前の日常”に戻りたい…。

そう思った時、大きなクラクションの音と一緒に俺の視界は真っ赤に染まった。

ゆっくりまた目を開けると今度は真っ白な空間だった。
灯は白のワンピースを着ていて、天野は白のスーツを着てボサ髪も整えていた。
2人とも背中には白い翼が生えていた。

「まさか2人が“天使”だったとはな、似合わねぇ」

俺は思わず2人の姿に笑ってしまった。
そろそろ時間がきたのか俺の体は薄くなっていく。

「こちとら似合わない服を着るのも仕事なんでな。さてと。残り時間も少ないし、おじさんは2人のお邪魔になるからもう行くわ。じゃあな、満。あ、最後に伝えておくが、お前の母ちゃん今同じ境遇の人と話しながらカウンセリングも受けて前向きに生き始めてるぞ。良かったな」

天野はそう言うと消えてしまった。

母さん…。良かった。これで本当に未練は無くなったな…。
天野はまた中間世界の理科の先生として俺達みたいな未練が残る若者を
見守るんだろうな。

俺は改めて灯を見る。

「ところでさ、天使の事好きになったら地獄に落ちたりするのか?」

「そんな訳ないでしょ。え、というか今…。え?」

顔が赤くなっていく灯を見て思わず俺は灯を抱きしめる。

「好きだったよ、灯のこと。やっと…やっと言えた」

「…私も好きだった。見守り役なのに満のこと好きになっちゃってた…。天使失格だね」

「天使も完璧じゃなくて良いんじゃないか?天野もそうだろ?」

「確かにそうかも」

俺と灯はそう言って笑った。それから灯はポケットから天使のキーホルダーを
取り出す。

「これ、ずっと大切に持ってる。これからもきっと…」

「ありがとう。プレゼントした甲斐があるよ」

「満…、もう…体が…」

俺の体はもう消える寸前だ。

「もう時間だな。灯ちょっと目、閉じてよ」

「うん、こうでいい?」

俺は目を閉じた灯にそっとキスをした。

「今日までありがとう、灯。また俺が生まれ変わったら会いにきてくれよ」

「行くよ、絶対会いに行く…!じゃあね満。行ってらっしゃい」

「ああ。行ってきます」

俺は真っ白な優しい光に包まれていく。

思い残すことはもうない。

俺は最後に一粒の涙を流して消えた。

10章:仕事

「あ〜〜。仕事終わらん!無理だ!てかコーヒー飲んでないで天野さんもやってよ!」

「天野先生と呼べ〜」

「いや、ここ中間世界じゃないのでっ!天界だとその設定関係ないので!
てか実は天野さん、先生としての生活気に入ってたんじゃないですか…?」

天使である私、"灯"は今日も使えない上司の元で働いている。
中間世界の見守りから今は書類関係の仕事を行っている。

「なんだかんだ楽しかったかもなぁ。特に満と灯の時はそりゃあもう…ぷぷ」

「だあああ!もう良いから!仕事しましょ!」

私はふと満からもらった天使のキーホルダーに目がいく。
天野はそんな私を見ると1枚の書類を私の机に置いた。

「気になるなら会いにでも行ってこいよ」

「これって…満の生まれ変わりですよね…?」

そこには満にそっくりな顔の少年の写真が載っていた。

「たまたま見つけた。そして偶然にも今日は灯、お前は午後有休だ〜」

下手すぎる天野の演技に笑ってしまう。
私は天野にお礼を言って午後から満に貰った大切な天使のキーホルダーを鞄につけて“現世”へ行った。

天界だと季節が無いため知らなかったが、現世では冬の季節になっていた。
満の生まれ変わりは綺麗なこのカフェによく来ると書類に書いてあった為、私は
そのカフェのカウンターに座った。

見るだけで良い…。満が幸せならそれで…。

カフェオレを飲んだ時、1人の少年に声をかけられる。

「隣、いいですか…?ここしか空いてないみたいで…」

私は思わず手が止まってしまう。
顔にはどこか満の面影が残る少年がそこにはいた。

「ど、どうぞ…」

私は緊張しながら言うと、その少年は私の隣に座った。

「…そのキーホルダー可愛いですよね」

「えっ!あ、ありがとうございます」

まさか声をかけてもらえると思わず私は驚く。

「こちらこそ声かけちゃってすみません。この間クリスマスマーケットに行ったら
そのキーホルダー売ってて、俺も買っちゃったんです」

そう言って少年は鞄についてる私と同じ天使のキーホルダーを見せてくれた。

「普段あまりこういうの買わないんですけどなんか惹かれちゃって…あ。電話だ」

少年は着信が鳴っているスマホを取り出す。

『もしもし?…母さん料理張り切りすぎでしょ。…はは。父さん、俺もう中学生だから、サンタの格好で迷わないでよ。…うん。分かったよ。じゃあ切るね』

電話を切ると少年は苦笑しながらも嬉しそうだった。

「すみません、うるさくなかったですか?」

「大丈夫です。家族、仲良いんですね」

「まあ、仲が良いといえばそうかもしれないですね」

少年は嬉しそうに私と同じカフェオレを飲む。
しばらく私と少年が話していると2人の男女ペアが少年の傍にきた。
私は男女のペアを見た時すぐに分かった。

ーー楓と渉の生まれ変わりだ。

「あれ、もしかしてデート中?」

「ちげぇよ。お前らと一緒にすんな」

「僕たち中学生のデートはカフェくらいが丁度いいんだよ。ね、奏(カナデ)ちゃん」

「恥ずかしいからあまりデートって言わないでよ…。それより進(ススム)くんお邪魔したら申し訳ないからもう帰るよ?」

「あ、俺も家で母さんと父さん待ってるから行くよ」

3人はそう言ってカフェから出ようとする。
私は思わず少年に声をかける。

「ねえ!君ってなんていう名前なの?」

「ん?俺の名前は"満(ミチル)"だよ。それこそ君は?」

「私は"灯(アカリ)"っていうの。じゃあね、満くん。話してくれてありがとう」

「こちらこそ。俺よくここのカフェ来るからまた会えると良いな」

そう笑って満、進、奏はカフェから出ていった。
3人が仲良く帰っていく姿をガラス越しで見ながら私は静かに涙を流した。


この先も若い人が辛い未練が無く、人生を歩めますようにーー。


雪が降り出したこの"現世"で私はそっと願いを込めるのだった。

                             (終)


後書き

まずはここまで読んでくださってありがとうございます!
素人なので拙い箇所があったと思いますが、まずはこうして最後まで書けたことが私の中では嬉しいです。

今の世の中、若くして消えてしまう命が沢山あります。
そんな命がまた巡って幸せになれていることを願って書かせていただきました。

また、なにかキッカケがあれば物語を書きたいと思うので宜しくお願いします!

夏雨。


























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