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【小説】話すのが苦手でも


葵は小さい頃から「吃(きつ)音」と呼ばれる症状に悩まされた。

話したいことがあるのに、言葉が出てこない。


それで、たくさん失敗した。たくさん恥をかいてきた。

好きな人がいても、告白できなかった。

周りから、「あの子はうまく話せないんだよ」と揶揄われた。

話し方を真似てくる子もいた。

国語の授業の時間だけ、保健室に逃げた。

しまいには「あの話し方は病気だ、話すと感染する」と言われ、気づいたら自分の周りに誰もいなくなった。


そんな葵が憧れていたのはロックバンドのギターボーカルだった。

自分は自分なんだと大声で歌う彼らは、自分とは真逆の存在だった。

自分の言葉で、自分を表現してみたい。

葵はこっそり家の中でヘッドホンで音楽を聴きながらエアギターをかき鳴らした。

気分はまるでステージの上。たくさんのお客さんに囲まれて、大声をとどろかせている自分を想像した。


そんな葵を唯一受け入れてくれたのが、おばあちゃんだった。

おばあちゃんは、喋るのが苦手な私の話を聞いてくれていた。

おばあちゃんに夢を語ったら、あおいちゃんならできると言ってくれた。


葵は高校生になったら、勇気を出してロックバンドを組むことを決めた。

話すことが苦手な私でも、ロックバンドを組みたい。

おばあちゃんに、元気な姿を見せたい。


葵は高校に入学した。

いきなり、クラスで自己紹介をするように言われた。

教室には、36人のクラスメイトと先生。


クラスメイトのみんなは、自分よりもはるかにすごい人ばかりだった。

そんな中で、何を話せばいいのか…葵は混乱してしまった。

自分の番が近づくにつれて、手汗がドバドバと滲み出た。


自分の番になった。黒板の前に立った葵の全身が震えていた。

「ご、ご、ご迷惑をかけると…お、思いますが…よ、よろしくお願いします」

挙げ句の果てに出た言葉がそれだった。

葵はいきなり失敗した。


葵は自分の席に戻り、がっくりと肩を落とした。

こんなところで自信を失っていたら、バンドを組むなんて夢のまた夢だ。


「軽音部に入って、慶華祭で最高のライブがしたいです」

ぼんやりしてると、自己紹介をする女の子の声が耳に入ってきた。

彼女は、中学の時までバンドでドラムをやっていたらしかった。


葵は、まずその子に話しかけることを決めた。

しかし…

「一緒にバンドを組まない?」

この一言が、葵にとって難しい一言だった。


「あのっ」

ホームルーム後に、その子に声をかけた。

「?」

沈黙が走った。

「バンドを組みたい」

この一言を言うだけなのに、葵の口から言葉が出なかった。



「あ、あの、その、自己紹介で…バンド組んでたって」



「うん!やってたよ!」

その子と一緒にいたもう一人の女の子の一言に救われた。


「私がベースで、はーちゃんがドラム!」

「ひっかー」

「他のメンバーは男の子ふたりだったんだけど、高校でバラバラになっちゃって、だからまた改めてバンド組もうと思ってるんだ。慶華祭でライブするためにね!」

「ひっかー。しゃべりすぎ。」


「あの…私たちがバンドをやってたことが、何か?」

その子の目は笑っていなかった。その目が鋭くて、葵は余計に緊張してしまった。


「あ…あの…そのっ」



「何なのもう。私たち急いでるの。」

イライラした彼女は声を上げた。

「バンドを組みたい」葵の口からその一言が出る前に、会話は打ち切られた。


「いくよひっかー」

彼女はイライラした様子で、もう一人の女の子をつれて教室をでた。

もう一人の子は、心配そうな面持ちで、出る前に葵の顔をもう一度みた。

「あっ…」


二人の女の子は行ってしまった。ただ、一人は葵が話終わるのを待っていたようにも見えた。

葵はまたしても失敗してしまった。


やっぱり自分にバンドなんて組めない。

人と話せないくせに、人前で歌うなんて…絶対無理。


葵はがっくりと肩を落とし、廊下へ出た。

廊下は部活動の勧誘でごった返していた。

葵はその勧誘から逃げるように、そそくさと進んでいった。

そして、葵を唯一受け入れてくれるおばあちゃんが待つ家へと向かった。


「なんなのあの子」

陽菜は廊下へ出て独りごちた。ひかりは先ほどの出来事を思い返した。

きっと彼女は、何か話したかったに違いない…ひかりはそう思った。

陽菜とひかりは、軽音部の仮入部をするため、部活動勧誘でごった返している廊下を掻き分けて進んでいった。


⭐︎現在制作中の創作小説の一部になります。

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