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吸血鬼の鏡

吸血鬼は鏡に映らないという。

今の上司を見ていると、吸血鬼のようだと思う。
話すことはいちいちごもっともなのだが、何だかピントがずれている。この人についていきたいとか、この人と話すと前向きになれるとか、そういう上司としてポジティブな側面がない。
お子さんが二人いらっしゃるので、時折子育ての話をしてくれるのだけれど「出産時36時間近くかかって大変だった」話と「最近全然子どもが話してくれない。大学も勝手に進路が決まっていて、私は学費を払うだけだ」という話を延々と繰り返している。繰り返すっていうか二つしかエピソードがないので反復横跳びをしているだけか。
そして若干のモラハラ気質と、こっちの話を全く聞いてねえなという諦めを抱かせる才能がある。

私は事務職なので、営業成績のノルマなどはない。ただ淡々と書類をさばいていれば良い。私の人となりを知ってもらいたいという気持ちも特にないので、上司の言うことにへえ、へえ、そうっすね、と頷いていたら、よく分からないけれど「私と雨宮さんはとても気が合う」と認定されるようになった。そうして彼は言った。
「この間同じチームの○○さんにもね、雨宮さんみたいにざっくばらんに腹を割って話してほしいなって言ったんだよ。ほら、あの人って時短だし育休から復帰したばかりだし、看護休暇とか生理休暇とかには詳しいけど、仕事に関してはどこまで分かってるか分かんないからさ」

「あ~こゆとこ~」と思った。
そして多分、こゆとこ~と思っても、もう誰も指摘しないのだろう。
私も指摘しない。ご家族も指摘しない。そうして上司はまた勘違いループの中で己の仮説に対する自信を深めてゆき、モラハラ度合いを強めてゆく。

それは鏡に映らない吸血鬼の姿に似ている。
そして、それは少しかわいそうなことだなと思う。

みんな、自分のことが一番よく分からないものだ。
録画で聞く自分の声は何だか思ってたのと違うし、うわブサイクな顔してる、と思った写真ほど他人に褒められる。
だからこそ、鏡に映らない吸血鬼が身だしなみを整えるために従者を必要としたように、他人が必要なのだ。人の顔色をうかがって生きろ、とかではなくて、ネクタイちゃんと結べてるかしら、そもそも服着たつもりだったけど他からは全裸に見えてないかしら、ということのチェックとして。

私は上司の身だしなみを整えてやろうとは思わなかった。面倒くさいし。
面倒くさがらず指摘してくれるのは、親しい友人とか、家族とか、近しい人々だと思うのだけれど、往々にして人間は近い人ほど粗末に扱いがちなので、どんどんいなくなってしまい、映らない鏡を覗き込まざるを得ないのかもしれない。
近しい人ほど、きちんと敬意を払いましょう、と己にも言い聞かせる。

それにしても、上司のやばい発言はメール転送してとっておく癖がついているのだが、何度読み返しても味わい深い。
モラハラで人事に訴えたらワンチャンあるのでは? というレベルである。


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