愛の行方

 自分に自信が無かった。顔は全く良くないし話も気持ち悪い程下手。魅力的な所なんて一つも自分には無かった。だから勇気を出すことが出来なかった。ましてや、告白なんて。

 気になっている人が居た。一目惚れだった。顔が良いとか胸が大きいとかじゃなくて、その雰囲気に惚れた。言葉を選ぶのであれば、大人しさの中に自分の趣味を詰めた感じ。それに性癖ドストライクで、ボタンシャツにネクタイを締めた服装で、そのままスーツを着ても全く違和感が無いような見た目をしている。スカートなどは一切履いているのを見たことが無い。履いて欲しくも無い、という自分の想いすらもあるけど。たまに普通の黒シャツなども着てくるけど、軽いダメージジーンズなどを合わせている。ウルフカットで流行りのファッションを着熟すその姿に、僕は一発で引き込まれたのだ。

 入学してからずっと、週一で同じ授業を受けている筈なのに、趣味話は疎か、こんにちはすら交わした事が無い。マスクの下も、好きな食べ物も、何も知らない。それでも目では引っ張られてしまう。自分が気持ち悪い程の変態で嫌気が差す。

 彼女は自分より一年早く卒業するらしい。同じ授業を受けている男子と話していたら、そんな話をしていた。連絡先位、勇気出して聞きにいけば良いのに、今まで一切離してこなかった事とか、見た目のレベル的に嫌がられるとか、そんな事が自分を縛って行かせまいとしている。その方が自分にとって安全であるからだ。現状維持程精神的に安定出来るものなんて、他に無いんだ。向こうから寄り添ってくれるなら、答えるんだけどさ。これだけじゃない、全てにおいて受け身なのは良く無いよな。分かっちゃいるけど、簡単には変えられないもんなんだよな。自分の過去、浮気から周りを敵に回された時から、人間に少しトラウマになって、当たって砕けた時に、治らないのは分かってるからだよな。なあクソッタレ、その相手と別れたそうだけど、そいつとの日々は楽しかったかよ。俺は今も苦しいぜ。

 階段でばったり会った時とかには、連絡先どうとか聞けるけど、そんなにジャストな事なんて無いし、ましてや他の人がいる教室の中でこっそり聞くとかも出来ないし。その人、いつも友達と居るから余計に聞き難い。諦めるしか無いのかな。

 諦めれば、傷跡無く綺麗に終わる。でも諦めたら、卒業以来、会う事は無いだろう。そんな事は理解はしている。でも、確率とか性格を天秤に掛けたとて、身の保全に傾きそうなのはなんでなんだろうな。

 呼びかける理由も無いんだ。ここのこれが分かんないんだけどとか、適当な理由で良い筈なのに、確率上げる為にあれもこれも捨ててしまう。優柔不断ここに極まれり。

 卒業までの時間は短い。日数的に半年と少しあっても、休みだ何だと時は一瞬だ。後悔しないように、でも賭けはしたくないという、見苦しい煩わしい葛藤が時々駆け巡る。クロノスタシスを強く引き起こして、そのまま憂鬱になる。自分にとっての恋とは、醜く汚いものだ。

 土曜日の階段、何も無い、トイレへ向かう道。日差しは強く、暑い日だった。降りてきたのは、あの人だった。二人きり、すれ違い、引き留めれば何かある。何も無くても、話しかけたという事実は残る。掛けた時間は一秒足らず、ネガティブな事は一切考えず、勇気とかを乗り越えた声で呼んで、彼女は驚いて振り返る。一切話した事の無い人間に話しかけられるとなれば、それはそうだろう。

あの時、呼べなかったら。あの時、思考が曇っていたら。僕は、またくだらない後悔をしていたんだろう。


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