ハイウェイ

ハイウェイ


 僕は旅行が好きではない。それは、個人旅行も集団で行くツアーも、同じように好きではないということだ。知らない場所に行くことが億劫でたまらない、と思っている。

 けれど、たまには見知らぬ土地へ出向いてみたくなることもあった。たとえば、研究の結果が思わしくない日が続くときだとか、偶然ついていたテレビで絶景特集を目にしたときだとか、田舎のことを思い出したときだとか。

 僕が運転免許を取ったのは、去年の夏のことだった。もちろん当時は免許を持っていなかったから、教習所には日に焼けながら通った。免許を取るまでの交通手段は、もっぱら自転車だったのだ。遠出をしない僕が免許を取ろうと思った理由のひとつに、冬に自転車を走らせるのが苦手だというものがあった。寒いうえに風が強くてうまく進めない。時間ばかりがかかるし、冬なのに汗ばむ掌が気持ち悪かった。自転車を乗らないで済むようにするということしか、対処方法を思いつけなかった。

 脳裏に浮かぶのは、昨日テレビで見た、一面の緑だった。三年前の僕が住んでいた場所にとても似ていた。見渡す限りの緑の景色は僕に優しく、なんらかの感動を強要することを決してしない場所だった。ブラウン管の向こうに見えた土地の名前は知らない。もしかしたら日本ではなかったのかもしれない。

 ここのところ、研究の成果が芳しくなかった。僕の専攻している研究というのは、顕微鏡をのぞいてしか見つめることのできない生物を観察することだが、三年目ともなると愛着も湧く。それだからこそ、うまくいかないときの心はずっしりと沈むのだ。彼らが僕をどう思っているのかはわからない。それでも、きっと彼らは僕に快適な世話を求めているはずだった。ついこの間の連休には、友人が恋人と旅行に行ったらしい。ふたりは鈍行の電車で、ゆっくりとした旅を楽しんだのだと言った。お土産は、携帯電話で撮った一枚の写真だった。そこには、青々とした山の麓ほほ笑むひとりの女の子が映っていた。友人の恋人の名前を、僕は知らない。

 いちばん最近の旅行はなんだっただろうかと考えてみた。思い浮かんだのは、高校生の姿で、学生服に馴染みだした頃の僕だった。馬鹿みたいに笑っていたし、疲れきって目を閉じてもいた。学生が詰まりに詰まって窮屈な新幹線のなかで、彼らの吐き出す浮足立った空気に少し戸惑っていた。どこに行ったのかは覚えていない。

 僕は、自分のことをたいへんに保守的な人間なのだろうと決めつけていた。環境の変化が好きではなく、知らない場所は苦しかったからだ。そんな僕でも、目的地のない旅に出ようと思うことはあった。

 車を借りて、高速道路をたどって、緑の土地を探してみようと思う。

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