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第二十四夜 『ライアーゲーム』

信じるというのは自分が理想とするその人の人物像みたいなものに期待しているだけだと、映画の完成報告イベントにてタレントのAは言った。

信じるという言葉はとても美しい言葉に感じる人も多いだろう。しかし、疑うことを放棄して信じるという行動は盲信に近い。それは責任の放棄とも言えよう。

「Oさんの案件買付いただいたようだけど、懸念事項はお伝えしたかな。」
部下のSが大口の案件を獲得した。日本人の半数が利用したことがあるであろう外資系物流業A社の役員からマンション一部屋と木造のアパートの申し込みをいただいたのである。

マンションを先に決済し、そのあとアパートの予定であったのであるが、一点懸念事項を抱えていた。
時を同じくして、同僚のTが同じアパートの買い付けをもらってきたのである。
タッチの差でOさんは2番手買付となってしまった。

「はい。伝えました。」

「2番手なので、仕入れ部署に依頼して仲介物件も同時並行で探そうか。連絡をお願い。あとOさんの日程に関しては、そうだな。マンションの決済日にアパートの差し替え物件も用意しておくように。先行買い付けの案件もその頃にはどうなるかわかるだろうし。」

「はい。わかりました。日程調整いたします。」

そう言うとSは意気揚々と執務室に戻る。まだ買い付けの段階である上に、アパートの物件に関しては2番手のため、ぬか喜びになりかねないが、本日くらいは多めに見よう。

もちろん、この後私の会社員史上最大の難所が訪れたことは言うまでもない。

ある朝、出社すると私の席の前でSが神妙な面持ちで立っている。何かトラブルであろうことは想像に難しくなかった。彼女の場合は小さいことでも重く受け止めることがあるので先ずは話を聞こうと席に荷物だけ置きすぐに話しかける。

「何かトラブルの報告かな。」

Sは目を合わせないまま、小声で言う。
「O様を怒らせてしまいました。」

「Oさんのマンションの決済日は明後日だよね。決済に影響のあることなのかな。状況を教えてほしい。場合によっては謝罪に同行するよ。」

「アパートの方なのですが、2番手であること伝えたと思ったのですが、伝わっていなくてあの物件が購入できると思っていたようなんです。昨日、お電話でお話ししているときにその話になってどう言うことだと怒られてしまいました。」

正直、言葉が出なかった。もちろん初日に確認はした。その上、毎週の定例の報告においても再三確認していた内容が伝わっていなかったと言うことである。背筋が凍るような思いではあったものの、状況を把握せなばならない。

「再度聞くけど、マンションの決済への支障はあるのかな。」

「そこは銀行様も動いてくださっているのでそのまま進めてくださると言うことです。ただ、どう言うことか上司を連れてこいと言われてしまい。」

「わかった。明後日の時間を調整する。」

「ごめんなさい。」

原因追究をしようかとも考えたが、この際、Sが実際に2番手だったことを伝えたかどうかは関係ない。結果として相手に伝わっていなかったのである。これが1番の問題だ。

二日後、私はSとホテルのラウンジに向かう。
O様と初めてお会いし、約2時間ほど頭を下げ続けた。

「私の確認不足です。大変申し訳ございません。」
何度この言葉を言ったことだろうか。

どれだけ叱責しても、謝り続ける私に半ば折れてくれたのか、途中からOさん態度が変わっていった。
「君に言っても仕方がないんだろうけどね。上席だから頭を下げているんでしょう。僕も馬鹿じゃないからわかるよ。だからこそ、この怒りを理解してほしい。私が失った時間をどう補填できるんだい。」

2時間謝り続けた結果得ることができたチャンスが到来した。
「はい。先ず今日はただ謝罪をすることしかできません。しかし、ここからは私がSと責任を持って物件をお探しさせていただきます。どうか今一度、弊社にご提案の機会をいただけませんか。」

Oさんは納得しきっている様子でなかった。
「わかりました。ただ私の2ヶ月間を不意にしたと言うことはきちんと覚えておいてください。これはSさんにではなく上席のあなたに言っています。」

「もちろんです。今回の件もSに責任はございません。」

そこでOさんは今日はじめてSと向き合う。
「Sさん。今回の件は私も教訓として受け止めます。納得しているわけではありません。ただ、この場であなたの上司をどれだけ怒鳴りつけても私にはメリットはありません。どうか上席の方と私のために物件を1日でも早く見つけてください。」

Sは少し泣いていたのかもしれない。Oさんから目を切らさない私には確認はできなかった。

翌月、改めて我々はOさんから買い付けをいただき、半年後に決済にこぎつけた。

今回の一連の動きの中で私は心に誓ったことがある。
それは部下を信用しないと言うことだ。少し野蛮に聞こえるだろうか。
しかし、信用という言葉は私は綺麗なものではないと考えている。

相手を疑うことは相手を知ろうとすること。一方、信じるというのは相手を疑わずに。その責任を相手に依存する行為である。
会社の上席というのは責任を放棄してはいけない。組織に属している以上疑うことを恐れてはいけないのである。

物語の続きはまた次の夜に…良い夢を。

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