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第百四夜 『自虐の歌』

「私はもう年始にくじ引きと初詣を済ませて大吉を引いたので、今回は引きません。」

年明け鎌倉、江ノ島に出向き初詣を済ませていた彼がこの社にいたのは会社の初詣でのためである。
自身はもうすでに大吉を引いたからくじ引きは必要ないとしたり顔で言う。

その時であった。従業員のSが彼のそのしたり顔を崩してやったのだ

「大大吉を引きました。」

「なんですか。それ。すごいじゃないですか。」

彼は金色のくじの「大大吉」に興味が深々である。
内容もかなり良いものであった。

彼はウズウズし始めた。
そして、数秒後にはおみくじの前に移動する。

「こっ…これは仕事用ということで…」

誘惑に負けたのだ。
大吉が一番であると思っていた彼にまさかの天啓が舞い降りた形だ。

内心、ここで凶でも引いたら物語的には面白いのになどと邪な考えを持ちながら眺めていた。

注意深く箱の中身を見つめ彼は一つのおみくじを選ぶ。

「これです。」

Sはすかさず覗き込む。

「どうでしたか。」

「やっぱり今年は何をやっても上手くいくんです。大大吉です。」

まさに豪運と言える。
カイジのナレーションが頭の中に流れる。

「代表はどうでしたか。」

従業員のSが清々しい笑顔をこちらに向ける。
彼とSは大大吉を引いており、アメリの今年は前途洋々だなと思えた。

私は自身のくじを見せつける。

「起死回生、絶望の淵に立っても諦めることはない。なせばなる。強い心と粘り強さで乗り越えられる。」

ざわざわ……

「吉だ」

本来、吉は大吉の次に良いはずなのだが、ここのおみくじの企画のせいであまりすごくないように見られている。しかも、内容に関しては一度苦境に立たされるが諦めるなというものだ。

Sよ苦笑いをするんじゃない。憐れむな。
土俵際で踏ん張ってやり切ることができるんだ。
それが起死回生だ。

今年は面白い一年になりそうだ。
ピンチよかかってこい。

大大吉二人が相手になる。そこが負けてピンチになったら私が起死回生の一手を打つ。そういう布陣にしよう。
そういうことにしておいてほしい。

大大吉引きたかった。

物語の続きはまた次の夜に…良い夢を。

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