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先生と僕(15)「張り込み先生」

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圧倒的な正義を振りかざし、逃げ場所さえも奪う太陽を雲が覆う冬。降る雪が太陽で火傷を負った者を癒してくれる。やがてまた、春が訪れる。春の光は真綿のように優しいはずなのに、槍のようだと恐れる者もいる。だから彼らは祈るのだ。どうか雪に変えてくれ。春と共に消え去る雪に。

今日は水曜日だ。購買では水曜日限定のミルクパンが販売される。濃厚なクリームがたっぷり入ったミルクパンが僕は大好きだ。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、僕は購買へ急いだ。火曜日限定のやきそばパンほど競争率は高くないので、早めに購買へ到着した僕は、今日もなんとか購入することが出来た。
教室へと戻る途中、音楽室の前を通りかかる。ピアノの音色が聞こえている。軽やかで美しい旋律に、思わず聞き惚れ足を止めた。
音楽室のドアの前に人影があった。
倫理の蜂須賀三郎先生である。先生は中腰でドアの隙間から中を覗いているようだった。
「先生。何してるんですか」
 声をかけると
「お、おう。いや、ちょっと、張り込みをだな」
 動揺した様子で先生は答えた。
「張り込みですか」
 僕は先生と同じようにドアの隙間から中を覗いた。
 音楽の森崎薫子先生がピアノを弾いている。美人で上品な先生は、男子から人気があった。
「そうだ。毎日、ここで張り込みをしているのだ」
 先生は右手にあんぱん、左手に牛乳を持っている。張り込みをしながら食事なんて、かわいそうだと思った僕は
「交代しましょうか。その間に食事をすませてください」
 と提案する。
「いや、大丈夫だ」
「でも、落ち着かないでしょう」
「張り込みをしながらのあんぱんと牛乳は格別に美味しいのだぞ」
 先生はドアの隙間を覗きながら、あんぱんを齧る。牛乳で流し込み、満足げな表情を浮かべた。
 こんなにも熱心に張り込みをしている先生のひたむきな姿に感心した僕は、先生にミルクパンを差し入れした。

 ミルクパンを差し入れしてしまったので、僕の昼ご飯はいちご牛乳だけだ。ストローで飲みながら、詩集を読んでいた僕を
「おい、昼メシ食わねーのか」
 後ろの席の純也君が心配してくれる。
「うん。張り込み中の先生に差し入れしたからね」
「じゃあ、ほら、これ食え」
 純也君は僕にコロッケパンを差し出した。
「いいの?」
「ああ。俺、弁当もあるから」
 純也君が見せてくれたお弁当には、黄金色に艶めく玉子焼きが入っていた。
「美味しそうな玉子焼きだね」
「そうか?俺、焼いたやつだけど、食うか?」
「うん。一口だけ」
「ほら」
 純也君が箸で掴みあげた瞬間、玉子焼きが滑り落ちた。黄金色の生地が陽の光で魅惑の輝きを辺りに放つ。僕より先に、純也君の手が玉子焼きを受け取った。一足遅かった僕は、純也君の手を受け止めてしまう。僕は純也君の手の中で黄金色に輝く玉子焼きに見惚れた。
「ごめんね、あまりにもきれいだったから」

To be continued.


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