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先生と僕(5)「どすこい先生」

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 部屋の窓が凍っていた。公園の池も凍っていた。学校までの雪道も凍っていた。今朝は世界中が凍り付いている。
 僕もぼんやり立ち尽くしていたら、アイスバーみたいに凍り付くだろうか。
 凍った水たまりで、木の葉が冷凍保存されていた。ブーツのつま先で葉を閉じ込めていた氷を割る。少しだけ世界を救った。

 学校へと続く雪道、僕の前方で、男子学生が足を滑らせて転んだ。それと同時に、傍を通過していた自動車もスリップした。転んだ男子学生に自動車が近づいていく。
「危ない!」
 僕が彼に駆け寄ろうとするより先に
「どすこい!」
 大きな掛け声と共に男子生徒の前に立ちはだかった者がいた。
 相撲部顧問の富士山五郎先生だ。スーツの上からコート代わりに白い浴衣を身に着けている。大きな身体は僕の三倍くらいありそうだ。
 先生は
「どすこい!」
 掛け声と共に自動車に向かって張り手をした。自動車のスリップが停まる。だが、逆に、先生の身体がスリップする。大きな身体がコマのように回転を始めた。
回転する先生の足元からは、削り取られた氷の欠片が空高く舞った。朝陽を浴び輝きながら、登校する僕たちに降り注ぐ。

「きれいだね」
 眩い氷の欠片に見とれていた僕に、通りかかった椿ちゃんが話しかけた。
「そうだね」
 こんなに美しいのなら、凍てついた世界も悪くない。
僕が降り注ぐ氷の欠片の中、動こうとしないので
「じゃあ、私、先に行くね」
 椿ちゃんが先に学校へ向かおうとする。すると、彼女は凍った雪道で足を滑らせた。ふわりと宙に浮いた椿ちゃんの身体を、僕はとっさに受け止める。
「大丈夫?」
「ありがとう」
 椿ちゃんの髪に、氷の欠片がのった。氷の欠片は朝陽に輝きながら、たちまち消えてしまう。なんて儚いんだろう。だからこそ、こんなにも美しいのかもしれない。僕は思わず、彼女の髪に触れてしまう。
「ごめんね、あまりにもきれいだったから」

To be continued.

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