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先生と僕(4)「団長先生」

 (3)

雪道に二本のタイヤの跡がある。街に注がれた夕陽がタイヤの跡に流れ込み、小さな二本の川が生まれた。僕はブーツの底を夕陽の流れる川に浸す。重かった足取りが少しだけ軽くなったような気がした。
 どうして、あの時、もう少し手を伸ばせなかったのだろう。
 ずっと、ずっと待ち続けていた。ようやく出会えたというのに、伸ばした手は空しく宙を切った。どうして、いつも僕は手に入れることが出来ないんだ。
 火曜日限定のやきそばパン。

「落ち込むな少年!」
 振り返ると、スーツの上から白い羽織と赤いタスキ、頭にはロングハチマキを結んでいる男がいた。応援団顧問の大太鼓厚先生である。
「フレーフレー少年!」
 先生が張り上げた声は、夕空を震わせる。電柱に停まっていた数十匹のカラス達が、先生の声で驚いたのか、一斉に飛び立った。
「フレーフレー少年!」
 先生はさらに声を張り上げる。
 すると、飛び立ったカラス達が倍ほどの群れとなり、先生めがけて急降下してきた。大声を張り上げる先生を、敵とみなしたに違いない。
「先生!」
「フレー!フレー!」
 先生の声の波動が、カラスの群れを跳ね返した。恐れおののいたカラス達は、夕空へと消えていく。
そして、僕も用事を思い出したので、その場を立ち去ることにした。

 振り返ると、雪道に出来た僕の足跡には、夕陽がたまって泉が出来ている。
「フレー!フレー!」
遠くから、いまだに聞こえる先生の声。夕陽の泉が小波立った。
「待って!」
 椿ちゃんの声がした。僕の足跡を追ってきたらしい。
「どうしたの?」
 白い息を吐きながら僕に追いついた椿ちゃん。頬は寒さで赤く染まっている。
「渡したいものがあって」
「渡したいもの?」
「はい、やきそばパン」
 ずっと追い求めていたやきそばパンが目の前に差し出される。
「なんで?」
「いつも買えなくて寂しそうにしてたでしょう」
 恥ずかしそうに俯く椿ちゃんの長い睫毛に、夕陽の雫が滴り頬を伝う。涙と間違えた僕は思わず彼女の頬に触れてしまった。
「ごめんね、あまりにもきれいだったから」

To be continued.

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