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先生と僕(2)「サイエンス先生」

 (1)

 雪は純白であるがゆえに、様々な色に染まりやすい。朝陽や夕陽、月明かり、喜びや悲しみ、苦しみでさえ、雪の色を変える。そして、光を放つ。僕らが闇夜でも迷わぬよう、躓かぬように足元を照らしてくれる。凍てつく冬が終われば雪解け水となり、草花を芽吹かせ、僕たちに春を与えてくれる。

 次の授業は科学だ。先生が急病でしばらくお休みすることになり、今日は代理の先生が来ることになっている。
 教室のドアが開く。スーツの上に白衣を身に着け、肩まで髪の毛を伸ばした男が入って来た。
「はじめまして、代理の湯川英世です」
 自己紹介をしながら先生は白衣の内ポケットからフラスコを一つ取り出した。南国の海のように鮮やかな青色の液体が入っている。
「自己紹介がてらに、科学の楽しさを君たちに教えましょう」
 先生は見るからに怪しいフラスコの液体を一気に飲み干す。すると、みるみるうちに先生の姿が消えていった。

 一分が経過した。先生は姿を現さない。
 三分が経過した。先生は姿を現さない。
 五分が経過した。先生は姿を現さない。

 時間というのは限られている。例え打ちのめされ膝を折り動けなかったとしても、季節はお構いなしに移ろうのだ。
僕たちは、各自、自習をすることにした。スマートフォンで動画や音楽を視聴したり、マンガ本を読んだり、お菓子を食べたり。
先生が姿を消してまで僕たちに与えてくれた自由な時間だ。有意義に使おう。
 僕は持ち歩いている長田弘の詩集を開いた。美しく威厳のある言葉達が僕の血脈に流れていく。有意義だ。実に有意義な時間だ。
「何を読んでるの?」
 隣の椿ちゃんが僕に訊ねた。
「詩集だよ」
「へぇ、詩とか読むんだね」
「うん。僕は美しいものに興味があるんだ」
 窓から差し込む光の雫が、椿ちゃんの髪を滑り、彼女の耳たぶで、ピアスのように眩しく輝いた。僕は思わず椿ちゃんの耳たぶに触れてしまう。
「ごめんね、あまりにも、きれいだったから」

To be continued.

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