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カブトムシ

蝉時雨が止むと、薄暮れの風が吹き、鈴の音を奏で始めた。

エノコログサの穂が、鈴虫の演奏を指揮する。

穏やかな旋律がたゆたい、頭を優しく撫でてくれた。

僕の体を覆う硬い外骨格に、薄紫色の夕陽が降り注ぐ。

光は玉となり、ころころころと背中を滑ると、足元の影に飲み込まれていく。

最近の雲の形はさらさらとしていて、夕陽が粉砂糖のように舞っている。

それは、僕の死期が近いということを意味していた。

美しい歌声を辺りに響かせながら、白い翼の鳥が夕焼けの海を泳いでいく。

一度でいいから、僕もあんな風に歌いたかった。

しゃんしゃんと風に揺れる草木、りんりんと羽を震わせる鈴虫、夕陽の粉を身にまといながら歌う名もなき鳥。

僕は、羽根を震わせた。

しゅうしゅうと、小さな小さな音。

耳をすませなければ聞こえないほどのかすかな音だけれど、薄暮れの演奏会に、僕も交ぜて欲しかったから。

一瞬、風が凪いだ。

草木の音が沈み、鈴虫も沈黙する。

それから、鳥が僕を見たんだよ。

#掌編 #小説


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