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先生と僕(8)「トランプ先生」

(7)

昨日降った雪は校庭の隅に集められていた。すでに泥に汚れている。純白で美しかった雪。地上に降り立った瞬間から汚れていく。光を失い誰にも見向きもされない雪の塊。もし、秘密を持っているのなら、いい隠し場所になるだろう。いずれ春が訪れたら、秘密と共に土に還るだろうから。

 一時間目は英語だ。授業開始のチャイムが鳴り、教室へ入って来たのは、英語教師のジョニー日比谷先生である。堀の深い顔立ちをしており、太いもみあげはいつもくるりとカールしていた。
「さて、これは何かわかるかな」
 目を輝かせながら僕達に訊ねた先生の手には、トランプがあった。
「イエス、トランプさ」
 誰も答えていないけれど、先生は一人頷き
「トランプの一枚一枚に、君たちの名前が書いてある。この中から一枚、カードを選んでいくよ。名前のあった生徒に、問題を解いてもらうのさ」
 と得意げに言った。そして
「それじゃあ、まずは、トランプをよく切って……」
 手元のトランプを素早く切ろうとした。しかし、カードは先生の手から滑り落ちてしまう。バラバラと辺りに散らばった。
「シット」
 先生は、散らばったトランプを集めて、再び切る。零れ落ちるトランプ。辺りに散らばる。
「シッット」
 先生は舌打ちをし、散らばったトランプを集めて、もう一度トランプを切る。手から落ちていくトランプ。バラバラと散らばっていく。
「シッッット!」
 先生は手にしたトランプを天井に放り投げた。

 僕達の頭上から先生の放ったトランプが降り注いだ。
 僕の机にはらりと二枚のカードが舞い落ちる。一枚目はハートのエース。僕の名前が書いてある。二枚目はハートのクイーン。隣の椿ちゃんの名前が書いてあった。
「椿ちゃんのカードだよ」
 僕は椿ちゃんにハートのクイーンを手渡す。
「ありがとう。もう一枚は?」
「ハートのエース。僕の名前が書いてある」
「あの、じゃあ、交換してくれないかな」
「え、どうして」
「ハートのエースがいいの」
「わかった。じゃあ、僕が椿ちゃんのハートを貰うね」
 僕は椿ちゃんとカードを交換する。カードを受け取った彼女の目が潤んでいるように見えた。涙が零れ落ちるんじゃないかと、僕はつい、彼女の頬に触れてしまう。
「ごめんね、あまりにもきれいだったから」

To be continued.

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