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クジラの背中

しっとりとしたアスファルトの上を駆けていくたびに、僕の雨色の長靴は、飴玉みたいな滴を、ぽろぽろとばら撒いた。

それは、互いにぶつかり、ぱちんと弾け、雨の香りを放つ。

海色の傘の上でころころ転がった雨粒は、空色の雨合羽を滑り台にして、足元の水たまりに飛び込んだ。

水面の弦を弾き、波紋が幾重にも重なっていく。

潮騒だろうか。あれは。

じゃぶじゃぶと水たまりの波を掻き分け進むと、噴き上げる水の音色が僕の肩を叩いた。

振り向くと、通りかかった自動車のタイヤが、水たまりでしぶきをあげていただけだったので、がっかりしてしまった。

クジラが潮を吹いてるんじゃないかと、どこかで期待していた。

しっとりとしたアスファルトは、クジラの穏やかで優しい皮膚なんだと、思いたかった。

やがて、潮騒は聞こえなくなり、ねずみ色の雲の隙間からは、蜂蜜みたいな光の糸が滴り落ちてくる。

その糸は、いくつもできた水たまりにとろりと溶け合う。草木の上で震える雨粒の額を撫でる。

鳥の羽ばたきとさえずりが、七色の光のアーチに気づかせてくれた。

#掌編 #イラスト

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