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バーコード刑事 (1)

美しさの定義は、人それぞれだ。隣の誰かが美しいと感じていても、後ろの誰かが醜いと感じる場合もある。風景や絵画、音楽、そして、人間の美しさ。
顔立ち、髪の毛、指先、そして、脚の形。美しいと感じる脚の形も人それぞれ。すらりと棒のように長い脚が美しいと感じる者もいれば、長さよりも程よい肉付きがあったほうが美しいと感じる者もいる。
俺の場合は、全体的にはすっと伸びているけれども、ふくらはぎに程よい肉付きがあったほうが美しいと感じる。肉付きといっても、あまりにも筋肉質なのは、好みではない。 かといって、歩くたびに揺れるほどの、柔らかすぎるふくらはぎも惹かれない。健康的な色合いで、肌触りも艶やかでなめらかな方がいい。そんな理想的な脚を日々探して続け、俺は二十三歳の秋を迎えた。
通勤客で込み合う電車に乗り、目的地へ向かう、ある朝のことである。今日もやはり、同じ車両の女性の脚が、つい視界に入ってしまう。不審に思われるので、じっくりと眺める事はない。つり革につかまりながら、無表情を装い、視界の隅にある脚の形を、ひっそりと吟味する。若さや美人かどうかは問題ではないのだ。ただ純粋に、ひたむきに、理想的な脚の形を探し続けているのである。
そして、ようやく、見つけた。

電車から降り、ホームの階段を見上げた時、その脚はあった。膝上のスカートから、すらりと伸びた二本の脚。紺色のハイソックスを履いてはいるものの、ふくらはぎには、程よく肉が付き、柔らかいカーブを描いているのがわかる。ハイソックスから、スカートまでの間に覗く肌は、滑らかで艶めいていた。
ずっと、探し求めていた理想の脚を目の当たりにしたのである。たちまち、あたりの喧騒が消えた。俺は、階段を上っていく二本の脚に釘付けになり、その場に立ち尽くしてしまった。まるで、世界に俺と、あの脚だけが存在するかのように。
立ち尽くした俺を追い越した男の肩がぶつかる。我に返り、階段を登っていく理想の脚を見上げた。追いかけなければ、もう二度と会えないかもしれない。理想の脚は、サラリーマンや学生達の人ごみに、たちまち飲まれてしまう。掻き分けながら、階段を上る。
すると、前方のスーツを着た男が、突然立ち止まり、振り返った。黒いスーツに黒いネクタイ、黒いサングラス、髪の毛はオールバック。サラリーマンとは思えない風貌をしている。彼の口元から、白い歯が、にやりと覗いたとき、俺の体は宙に浮いた。肩を押され、バランスを崩し、足元を外したのだと気づいた。身体を支えるようなものは、近くにないのに、何かにすがろうと手を伸ばすが、むなしく空を切る。俺は、あの脚を追いかけなければならないのに。

目が覚めると、そこには、二本の脚があった。スカートから伸びていたのは、紺色のハイソックスを履いた脚。ほどよい肉付きの、麗しいカーブを描いたふくらはぎ。膝からスカートまでの艶やかな肌。ずっと、ずっと、探していた理想の脚だ。それが、今、目の前にある。
俺は勢いよく飛び起き……るはずが、身体が動かない。両手が後ろで縛られ、パイプ椅子に座らされていたのだ。コンクリートむき出しの冷たい壁に四方を囲まれた空間。窓はなく、頭上から放たれる蛍光灯の白い光。家具などは一切ない。ただパイプ椅子に座らされた俺と、理想的な脚の持ち主だけが存在している。
「目覚めましたか」
脚の持ち主が振り返った。
いや、どうやら、俺は、まだ目覚めていないらしい。もう一度、目を閉じ、深呼吸してから、再び目を開ける。しかし、脚の持ち主は、目を閉じる前と変わらない。
理想的な脚の持ち主は、セーラー服を着ていた。赤色のスカーフが、殺風景な部屋の中で、ひときわ鮮やかだ。ここまではいいとしよう。理想的な脚の持ち主が、学生だろうが、OLだろうが、主婦だろうが、何者であろうが、一向に構わないと思っていた。
しかし、バーコード頭で、口ひげを生やし、眼鏡をかけたオッサンだなんて。
「ふざけんな!」
コンクリートの壁に俺の叫びが反響する。長年、探し続けていたのだ。雨の日も風の日も、すれちがう脚の中から、ずっと探し続けていた。ようやく出会えたのが、こんな意味不明な、おっさんの脚だったなんて、到底受け入れることなど出来ない。
「どういうつもりなんだ!」
セーラー服を着たバーコード頭のおっさんに、俺はこみあげる怒りをぶつけた。

To be continued.

(2)

#小説 #コメディ

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