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先生と僕(10)「ぐだぐだ先生」

(9)

音が消える。雪が降る瞬間はいつもそう。雪達にはきっと、世界の喧騒を飲みこむ使命があるのだ。
申し訳なさげに、まつ毛に乗った雪。瞬きをすると頬に落ちる。わずかな冷たさを残しながら、涙のようにたちまち消えてしまう。
僕はこうして、儚さという言葉を知った。

 三時間目は数学だ。授業開始のチャイムが鳴り、教室へ入って来たのは是枝憲一先生である。着崩したスーツ、皺だらけのワイシャツ、ネクタイはいつも締めていない。寝ぐせのついた髪を掻きながら
「はーい、授業始めまーす」
 気だるそうに教壇に立った。
「つーか、どこまで進んだっけ」
 ボロボロの教科書をめくり僕達に訊ねる。
「教科書の五十三ページまでです」
 委員長が答えた。
「あー、そうそう、そうだったね。あ、やっべ。これ、日本史の教科書だったわ。取りに行ってくるから、それまで自習ね」
 先生は教室を出ていった。
 しばらくして、先生は戻ってきた。口がもぐもぐと動いている。どうやら、ガムを噛んでいるようだ。
「えーっと、どこからだっけ、四十二ページだったっけ。あ、やっべ、靴下、左右違うの履いてるわ」
 先生は右足に赤色の靴下、左足に青色の靴下が履いていた。
「あー、俺、こういうの気になって仕方ないんだわ。履きなおしてくるから、それまで自習な」
 先生は教室を出ていった。

 僕は先生が戻ってくるまでの間、長田弘の詩集を読むことにする。机に詩集を広げると
「何読んでるんだ?」
 後ろの席の純也君が僕の肩を叩いた。
「詩集だよ」
「詩集なんて読むんだな」
「うん」
「じゃあ、これ、使う?」
彼は机の中から、一枚の栞を取り出して見せる。青く透き通った紙に雪の結晶が描かれているものだった。
「いいの?」
「うん。俺、こういうの使わないし」
「ありがとう。大事にするよ」
 僕は純也君から栞を受け取った。美しい栞に見惚れてしまった僕は、純也の指にも触れてしまう。
「ごめんね、あまりにもきれいだったから」

To be continued.

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