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Aqualiartz:Purity&Indifference Vol.1

桜の花が少し顔を見せはじめた頃。空はまだ冬の寒さを持っている。
時刻はもう13時。春の休日に、私は駅のベンチで友人を待っていた。
ペットボトルに入ったルイボスティーは、ほのかに温かくなっている。

「ごめんごめん、荷物準備してたら遅くなっちゃった」

そう言って、金髪の少女は手を振りながら歩いてくる。大きなスーツケースは華奢な身体とは不釣り合いだ。

「なんで見送りの私より遅くなるのよ」
「いいじゃんいいじゃん。遅刻はしてないんだし」

そう言って、一息つくかのように私のそばに腰かける。ほのかに百合の香りがただよう。

「何時の電車だったっけ」
「1時15分。あと少しかな」
「そっかぁ……あと15分しかないのね」

彼女と私は、小学校からの幼馴染だ。
小中高と同じ学校に通った。外で遊んだり、お互いの家で遊んだり、小旅行に行ったり。とにかく二人でいろんなことをした。春も、夏も、秋も、冬も、どんな時だって。
だけど、彼女は4月から遠くの大学へ行ってしまう。春から、一人暮らしらしい。

「大学って、結構遠かったよね」
「うん。京佳大学だから……電車とかじゃないと行けないね」
「そっかぁ。やっぱり、頻繁には行けないよね」
「うん。……やっぱり、会いたいんだ。私と」
「そりゃそうでしょ。いつもそばにいた人が急に遠くに行っちゃうわけだし」
「……でも、大丈夫。長い休みの時とかは帰ってくるから。会う頻度が少なくなるだけだよ」
「まあ、うん」
「電話とかもできるじゃん」
「そうだけど、ね」

心が少し締め付けられる。手がすこしかじかむ。
遠くの大学に行くと聞いたときから心構えはしていたけれど、その時になれば心はざわざわする。

「……あ、電車来た」

その声に、少しドキッとした。
もう、離れる時が来たみたい。

「そっか、来ちゃった、か」

人がぽつぽつと電車のそばに集まってくる。
音は大きくなる。

「私、そろそろ行かないと。乗れなくなっちゃう」
「うん……」
「……もう、そんな悲しい顔しないでよ」
「そうだけど、さ。やっぱり、悲しいよ」
「電話もできるし、また会えるよ。……私も悲しいわけじゃないけどさ、せっかくのそのかわいい顔が台無しじゃん」

足音は止まらない。
心音も止まらない。
時計の針も、止まらない。

怖いほどに、時間が過ぎ去っていく。


気付けばもう電車の目の前。
スーツケースを持った彼女はこちらをみつめる。
碧く透き通った瞳。金色のさらりとした髪。にこやかな表情。温かな声。
そのすべてが、明日は見れないなんて。
電話をしても、それは機械を介した電子的な音。
ビデオ通話をしても、それは機械を介した電子的な光。
もう、この声を、姿を、空気を、感じれないなんて。

「じゃあ、また」

そう言って、彼女は電車の奥へと歩みを進める。
私は、手を振るしかなかった。



電車の風に、桜の花びらが舞う。
時間は、止まってはくれなかった。
表現しがたい感情が、心を支配していた。

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