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【小説】青の音#13

第13話

約束の日までの日々は、いろいろな想いが交錯していた。もしかしたら彼女を喜ばせることができるかもしれない。この世の空の美しさを見て、あの世の空を見ることを先延ばしにしてくれるかもしれない。そんな希望も少なからず持っていた。しかしその時の僕は、不安の方が大きかったと思う。もし、彼女が鈴の音山の空に美しさを感じなかったら、彼女はあっけなくあの世の空を見に行ってしまうような気がした。僕が鈴の音山に連れて行ったことによって、彼女の死を助長してしまうことにもなりかねないと思った。そう考えたら、とても怖くなった。

僕はとうとう一人で抱えることができなくなって、礒谷に全てを話した。すると礒谷は数秒黙ったあと、僕に一つの質問をした。

「俺があのときお前を助けられなかったら、お前はあの世で俺を恨むか?」

僕は心臓に釘を刺された気分だった。あのときのことが鮮明に蘇る。横から力強く押し飛ばされる感覚、気づいたら真上にあった礒谷の顔、そして礒谷の涙。次は礒谷が僕を止められなかったことを想像した。そんな想像はしたことがなかった。橋に足をかける。そして身を乗り出す。橋から体を離す。自由落下で落ちていく。そして水に触れる前に、遠くからかすかに礒谷の叫び声が聞こえる。そして勢いよく水に包まれる。目の前が真っ暗になる。聞こえるのは泡の音のみ。そして鉄の味を感じる。恐ろしかった。息が苦しい。想像するだけでこれほど怖くなるとは思わなかった。礒谷の質問をゆっくり頭で咀嚼した。答えはひとつだった。

「恨むわけない。でも助けてほしかったって思う。きっと。」

礒谷の目に涙がゆっくり溜まっていくのが分かった。

「俺だって、お前が死んだらなんとかして助けたかったって思うよ。どうして助けられなかったのか、どうして何もできなかったのか、一生自分を責め続けるよ。何もできなかったと後悔するくらいなら、何かしてあげたかったって思うよ。それが結果としてお前を助けることにならなくても、思いつく限りのことはしてあげたかったって思うよ。だから、お前が彼女のために何かしてあげたいと思うなら、それをしてあげればいいんだよ。してあげなきゃいけないんだよ。彼女のためでもある。でも最終的に答えは彼女が決めることだ。これはお前のためなんだよ。自分のためでもあるんだよ。」

礒谷は溢れる涙を手の甲で必死に拭った。僕は自分の涙を拭うこともできなかった。ただ、礒谷の言葉に圧倒された。「彼女のためではなく、自分のために、彼女を助ける。」その言葉が繰り返し頭を巡った。

「ありがとう。ほんとに。ありがとう。」

これしか言葉にならなかった。僕は彼女を鈴の音山に連れていく。彼女を助けるために。そして自分を助けるために。

第14話


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