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【小説】青の音#8

第八話

「じゃあ、私にこの世で最も美しい空を見せて。」

「最も美しい空?」

予想外の彼女の言動に戸惑いを隠せなかった。

「そう。あの世で空が見えないって言いましたよね?ということは、この世で一番美しい空を見てからじゃないと死ねないでしょ?」

一番美しい空と言われても、世界中どこも同じ空ではないか。一番など存在するのだろうか。彼女は本気で言っているのだろうか。彼女の中の一番美しい空とは一体どんな空なのだろうか。そもそも彼女はなぜそこまで空にこだわるのだろうか。そして何より、なぜ彼女は今すぐあの世の空を見たいのだろうか。もう僕の頭はその情報の多さに、処理能力を失っていた。ただひとつだけ分かったことがあった。彼女は、僕がこの世で一番美しい空を見つけるまで、消えない、ということだ。今すぐ消えたいと願う彼女をなんとかして止める方法。「死なないで」や「生きてほしい」という、時に攻撃性を孕む言葉を使わなくても止められる方法。僕はこれしかないと思った。

「分かりました。僕が見つけます。この世で一番美しい空を。」

彼女の目にかすかな光が入った。

「待ってます。一週間後。そこの海で。」

彼女は振り返って歩き出した。僕はまだ不安だった。彼女がこのまま消えてしまうのではないかという恐怖を拭いきれなかった。でも僕は彼女の「待ってる」という言葉を信じることにした。一週間後、彼女は海で待っている。生きて待っている。そう信じることにした。僕はあと一週間、一番美しい空の正体を必ず見つけ出さなければならない。

第九話


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