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【小説】青の音#12

第12話

僕らはすぐに計画を立てることにした。鈴の音山は隣町とはいえ、少し離れたところにあった。「山」と言うには物足りないくらいに小さな山で、どちらかというと「丘」に近かった。山頂までは、子供の足でもすいすい登れるような、歩きやすい山道が続いている。一見家族連れで賑わいそうな場所ではあるが、山頂から見える景色は住宅街と海だけで、高さもそこまでないからか、迫力もそれほどなく、人気はいつも少なかった。鈴の音山へは、最寄駅から直通のバスが出ていた。一時間ほどで到着する。幼い頃、一度姉と二人でバスに乗って行ったことがある。いつもは両親の運転する車で行っていたが、姉がどうしてもバスで行きたいと言い出して、どういうわけか僕と姉の二人だけでバスで行くことになったのだ。あの時の開放感と不安感の入り混じる感覚は今でも忘れられない。姉と二人で乗った思い出のバスにまた乗ることができるのは嬉しかった。しかしそれと同時に安心感もあった。それは彼女を電車に乗せなくて済むことだった。「この世で一番美しい空」を探しているとき、ひとつ心配なことがあった。それは、そこにたどり着くまでに、電車に乗る必要が出てきてしまうかもしれないということだった。初めて彼女を電車で見た時、彼女は扉の前で、立ち尽くしていた。震えていた。彼女が電車に乗ることを異常に恐れていることは、誰の目にも明らかだった。だからどうしても回避したかったのだ。恐怖には無理に立ち向かわなくてもいい。

僕たちは計画を立てるなかで、だんだんとお互いの波長に慣れて行った。彼女は基本的に僕とは目を合わせないが、それでも話を聞いてくれることはちゃんと分かった。何より、彼女はたまに笑ってくれたのが嬉しかった。彼女の笑顔は、ひまわりのような陽気に満ち溢れたような笑顔ではなく、かすみ草のような、繊細でか弱い笑顔だった。その微かな笑顔は、彼女の中の闇に差し込む、唯一の光のようだった。そしてその光の元へ進んでいけば、彼女はその闇を手放すことができるのではないかと思った。無論、僕はまだ、彼女の闇の正体を知らなかった。ただ彼女の笑顔を見ているうちに、なんの根拠もなく、そう思ったのだ。僕たちは週末の日曜に鈴の音山に向かうことになった。朝十時にこの海で待ち合わせをして、僕らは別れた。

第13話


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