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【小説】青の音#3
第三話
梅雨はあっという間に過ぎ、七月になった。一学期最後の定期考査も終わり、学校中が来る夏休みを前に、落ち着かない様子だった。礒谷は今回の考査もなんなく高得点を叩き出し、それからは夏の大会に向けてバスケ三昧だった。僕はあれほどまでに文武両道を成し遂げている者に、後にも先にも出会わないだろう。一方僕は、定期考査は特に悪くなく、かといって良くもない、無難な結果に終わり、部活も入っていないため、これといって特別な気持ちにはなっていなかった。正直夏休みを与えられても、暇な一日を過ごして、その日の夜、謎の罪悪感を感じるくらいなら、いっそ学校に行くほうがいいとすら思っていた。礒谷もきっと部活が忙しいから、なかなか会えなくなるだろうし、総じて僕は夏休みを歓迎していなかった。
なかなか気が乗らないまま、一学期最終日がやってきてしまった。長い集会が終わって、皆は開放感に満ち溢れた表情で学校を飛び出した。僕は担任に学級文庫を職員室に運ぶという、完全なる雑用を頼まれ、当然断ることもできず、ひとり大量の本を運んでいた。(まったく帰宅部をなんだと思っているのか。)階段をおそるおそる降りていると、背後からよく知った声が聞こえた。
「よっ。雑用係。それ終わったら俺のユニフォーム洗えよ。」
と言いながらも、さっと本を半分持つあたり、全く礒谷は文字通り「なんでもできる人」だった。
「洗わねえよ。帰宅部なめてんだろ。こっちだって放課後は大忙しなんだよ。」
「おお、帰宅部部長、今日はどんなメニューで?」
「今日は。」
と言いかけたところで、言葉が止まった。「今日」という言葉が引っかかった。僕がかすかに動揺したのを礒谷は感じ取ったのだろう。
「家まで走って帰るんだろ!地獄のランニングメニューっすよね!部長!」
と言って、両手に本を抱えたまま、肩でどついてきた。
僕には分かっていた。礒谷は僕を気にかけてくれていると。今日が僕にとってただの一学期最終日ではないことを、ただの七月二十日ではないことを、礒谷は知っていたのだ。今日が近づくにつれて、礒谷はいつにも増して、僕に話しかけるようになったし、何かと僕のそばにいた。礒谷の得意な「ほどよい距離感」を若干保てなくなっていたくらいだ。だから礒谷は僕を気にしているのだな、とは簡単に気づけた。礒谷はきっと苦しんでいる。そう思うと胸が苦しかった。でも「気にしないで」と言うことほど、相手を気にさせてしまうことはないことも分かっていた。僕はその礒谷の配慮に気づかないふりをしながら、この数日間過ごしてきた。そして今日、礒谷は放課後、わざわざ雑用をしている僕を追いかけて、「必死に」他愛のない会話をしている。僕はとうとうその礒谷の苦労を見ていて、苦しくなってしまった。これ以上親友を苦しませたくなかった。
「あ、そういや今日、姉ちゃんの命日だったわ。」
とても自然に、軽く、そしてあくまで「思い出した」感じを装うために、僕はその場で謎のターンをしながら呟いた。本当は数日前から吐き気がするくらいに、そのことに囚われていたのに。
「おう。そうだな。」
礒谷も僕の真似をしてターンをした。僕と同じようになるべく自然に、軽く返答することを意識していることは痛いほど分かった。
「礒谷、前から気にしてたでしょ?いや、僕の気のせいかもしれないけど。」
「気にする?」
礒谷はとぼけ顔をした。でもすぐに真剣な眼差しになった。
「そりゃ気にするだろ。」
「元気だよ。心配無用。」
「お前の『元気』は信用できねえ。」
「信用しろよ。」
僕はなんとか空気を軽くしたくて、大袈裟に笑った。でも礒谷は笑ってくれなかった。
「あの時、お前『元気』とか言っときながら、全然元気じゃなかったじゃねえかよ。」
「俺、普通にあの時のこと結構怖い。だからお前が黙ってると、あの時のお前とめっちゃ重なる」
礒谷はやっと笑った。でも目が苦しそうだった。僕も苦しかった。「あの時」のことは僕にとっても礒谷にとっても、忘れられない出来事だった。
一年前の今日、姉は死んだ。自殺だった。
第四話
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