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上村遥子さんへのインタビュー :古典文学からディープテックスタートアップへ

 上村遥子さんは現在、研究技術を活用し破壊的イノベーション(ディープテック)を生むスタートアップ企業のためのインキュベーション施設で、アライアンスプロモーターとして活躍しています。文学部に進み、フランスのリモージュで1年間、古典文学を学んだユニークな経歴を語ります。 

学歴と職歴をおおまかに教えていただけますか?
 私の経歴は少し異色です。文学部出身なのに、現在はテクノロジー分野で仕事をしているからです。
 私は昔からSFや中世の伝説などファンタジーと現実の関係に興味を持っていました。特に騎士道物語に興味があり、とりわけ12世紀と13世紀を学びました。母校の明治学院大学とリモージュ大学の交換留学プログラムを利用して1年間フランスに留学し、ヨーロッパの騎士と日本の侍を比較する卒業論文を仕上げました。
 大学卒業後、2009年頃にウェブマーケティングの会社で働き始めました。スマートフォンなどの普及により、テクノロジーの進歩と新しいソリューションの急速な発展に適した時期でした。デジタル分野の理系研究者や技術者は自分たちの活動分野にとどまるのではなく、これまでつながりのなかった産業の異分野との接触を図るために、間を取り持つ橋渡し役や仲介役を必要としていました。私のコミュニケーション能力やネットワークが役立つことが分かったのはそのときです。日本における大学卒業後の進路はフランスよりも開かれているので、学習した分野に限らずさまざまな分野での就職が可能で、それが私の職探しを後押ししてくれました。日本では受けた教育と同等に、その人自身の可能性も功を奏すると思います。私は常にデジタル分野のニュースに関心を寄せており、2016年にIoT(インターネットオブシングス)などのデジタルとものづくり分野のコワーキングスペースでコミュニティマネージャーとして働き始めてからは、イノベーションにおける研究開発やIoTにも興味を持ち始めました。その頃、さまざまなテクノロジー分野のスタートアップ企業の起業サポートに携わりました。
 フランス語ができるおかげで、日本における「フレンチテック」発展のコーディネートと、世界における日本の大企業のオープンイノベーション支援も担当しました。その一環で、フランスで行われたヴィヴァテクノロジー見本市 [1] を訪れ、フランスにおける日本のスタートアップ企業の発展を支援する機会にも恵まれました。
 現在は、日本政府や行政機関においてディープテックスタートアップ企業を支援し、スペーステック・スタートアップ企業を介して宇宙産業の発展にも挑んでいます。

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公的起業家支援拠点K-NICのイベントでの上村氏

なぜテクノロジー分野に進まれたのでしょうか? 

 テクノロジーは人類に対する多くの可能性を予見させ、私の想像力を刺激してくれます。これは日本だけの事かもしれませんが、私たちは子供時代にロボットや宇宙がテーマの物語をマンガやアニメで身近に感じながら育ちました。先進的な世界を空想したり、それを構築した人々の創意を想像したり、ほとんど幻想とも言える非現実的な世界に自分を投影することは心が弾みます。結局のところ中世の時代においても、神話や伝説はいわば当時のSFとして社会の想像力に刺激を与えていたのです。
 私は技術的専門性やテクノロジーの発達そのものに興味があるわけではなく、テクノロジーによって展開される光景に心を惹かれるのです。専門学習分野として科学技術を選ばなかったのは、例えばロボットそのものよりも、ロボットの周囲で繰り広げられる世界や文化に興味を持っていたからです。

フランスでの経験は上村さんに何をもたらしましたか?
 逆説的なのですが、フランス留学では自分の本来の性格と、いわゆる日本人のステレオタイプな性格との共通点と相違点を考えさせられ、日本人としてのアイデンティティをより強く意識するようになりました。
 フランス留学と、日本でのフランスとの仕事を通して、自分の意見に自信を持ち、それに従って行動し、挑戦することの大切さを学びました。日本では、ピラミッド型組織におけるプレッシャー、順応主義、失敗に対する恐れ、完璧さを求められることなどが起業家精神にブレーキをかけることがあると思います。
 私とフランスとの関係は、日本に進出したフランス企業のスタートアップ・エコシステムに携わるようになってから強化されました。それは私が東京でIoTスタートアップ企業のインキュベーション施設で働いていたときに、フレンチテックと関わるようになった2017年のことです。私はそのときに、フランス人が日本の高い技術能力に関して大きな期待を抱いているのに対して、日本人は技術資産があるにも関わらず、自分たちの製品への自信が足りなかったり、失敗に対する恐れがあったり、それが彼らの活動範囲を狭めていることに気づいたのです。私がフランスで自分の考えに自信を持ち、新しい挑戦に立ち向かうことを学んだように、日本はフランスから得ることがあると思っています。現在私は日仏両国に関する知識を活かし、互いに補完し合える日本とフランスのスタートアップ・エコシステムを結び付けたいと考えています。

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ご自身のキャリアの中で着想を得た人は誰でしょうか? 

 一緒に仕事をしたスタートアップ起業家の方々から多くの着想を得ました。その方々は未来を先取りしたほかにはないプロジェクトを進めています。例えば3Dプリンタで作成したハンドプロテーゼ(義手) [2]、ペットと飼い主がコミュニケーションを図れるデバイス[3] 、あるいは人間とコミュニケーションをすることを目的として開発されたロボット[4] などです。難しいビジネスであるにも関わらず、私が出会った方々の多くは研究畑出身で本来実業家ではありませんでしたが、自分たちの不足部分を補うためのチームを形成して価値を作り出す能力を十分に発揮していました。私はその努力や熱意から勇気をもらい、私自身の人生観も影響を受けました。

同様の道に進みたいと思う若い人たちに対して、どんなメッセージを伝えたいですか?
 テクノロジー分野は今まで以上に、言語やネットワークを駆使してテクノロジーと社会をつなぐ文系出身のパイプ役を必要としています。文学の勉強とテクノロジー分野で働くことの間に矛盾はありません。むしろテクノロジー分野は文系出身者の想像力や解釈力を享受できると思うのです。こうした素質はテクノロジーを最大限の人に届け、地球と調和を取りながらよりよい未来をともに築いていくために必要なのです。だからこそ同じ分野にとどまらず、分野を超えた対話が増えることを私は願っています。それによってよりよい社会で生きる方法をともに考え、改善に貢献できるのだと思っています。私自身はこうした挑戦者達が活きる環境を作っていきたいのです。

[1] パリで毎年開催されるオープンイノベーションと新技術の見本市
[2] 近藤玄大氏が共同設立したexiii株式会社は3Dプリンタを活用した義手の開発に取り組む
[3] 日本のスタートアップ企業「INUPATHY(イヌパシー)」は心拍数などから愛犬の気持ちを解析するデバイスを開発
[4] ジェンチャン・ベンチャー教授(東京農工大学)の研究チームが開発した「Yōkobo(ヨーコボ)」

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