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レンヌ第1大学動物・人間行動学共同研究ラボの霊長類学者、ルーシー・リゲイル博士へのインタビュー

霊長類学者のルーシー・リゲイル博士は、とりわけ人間と非ヒト霊長類における性的コミュニケーションの研究に取り組んでいます。リゲイル博士が自身の研究、日本での博士課程学生や研究者としての経験、霊長類学分野における今後の課題の認識について語ります。

経歴と研究テーマをおおまかに教えていただけますか?
 「人間はなぜ人間なのか」を理解したいという思いが、私をパリ第7大学の細胞生物学・生理学学士課程、続いてエクス=マルセイユ大学の自然人類学修士課程へと導きました。

 私は霊長類が進化する社会環境の多様性、個体間に存在する交流のさまざまな形に常に関心を持っていました。これらをよりよく理解することは、人間をよりよく理解することにつながります。

 私がフランス南部にあるルーセ霊長類研究所のアヌビスヒヒにおける性的コミュニケーションの研究を始めたのは、環境人類学共同研究ラボ(UMR 7206 Eco-Anthropologie CNRS-MNHN-Université de Paris)のセシル・ガルシア博士の指導を受けていた修士課程2年目のことでした。その後、ガルシア博士の日本への研究出張に同行し、将来の博士論文の指導者となる京都大学霊長類研究所の古市剛史教授に出会いました。博士号取得後、私は日本で数年間、とりわけ同研究所国際共同先端研究センター(CICASP)のアンドリュー・マッキントッシュ博士とともに研究に従事し、その後、フランス国立科学研究センター(CNRS)とレンヌ第1大学の動物・人間行動学共同研究ラボ(ETHOS)で教員・研究員としての契約を結び、フランスに帰国しました。

 霊長類学の領域においては、特に人間と非ヒト霊長類における性的コミュニケーションの研究に取り組んでいます。個体はいかなる情報を交換していつ誰と交尾を行うか、つまりそれらのプロセスにおけるそれぞれの意味の役割をよりよく理解しようとしています。博士論文後に行ったさまざまな研究によって、種間比較に基づくアプローチを展開することができました。アヌビスヒヒ、ニホンザル、人間、そして現在はシロエリマンガベイも対象としています。

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ニホンザル ©Dr Lucie Rigaill

リゲイル博士の研究は色彩研究に大きな比重を置いていますが、もう少し詳しく教えてください。
 人間における色と象徴の連合は社会的強化につながるだけでなく、生物学的に継承される可能性があることもColor in context理論が示唆しています。例えば人間の文化において、芸術的なものであれ商業的なものであれ、赤色は性や妊孕性を象徴します。特定の研究者は、これが非ヒト霊長類にもすでに存在する連合から派生していると考えており、そうした非ヒト霊長類の多くの種は表皮、とりわけ性皮に赤みを持っています。

 そこで私は、霊長類のメスの臀部や顔面の色に排卵に関する情報が含まれているのかを理解しようとしています。もしそうだとしたら、雄はより赤い雌を好むのでしょうか? 人間、あるいはほかの非ヒト霊長類の種にもこうした傾向があるのでしょうか?

 性的コミュニケーションをめぐる性淘汰の理論は近年、硬直化しています。実際に、以前からこの研究にはジェンダーバイアスがあるのです。性淘汰は雌にたどり着くための雄同士の競争に集中しています。雌を引き付けるために、雄同士で戦うために、雄は例えば体色変化などの身体装飾、あるいは角や枝角などの武装を発達させてきたと考えられています。この論理によれば、繁殖のメカニズムにおいて雌はどちらかといえば受動的な役割を果たしていることになり、繁殖のための雌間競争における雌の身体装飾の役割はあまり研究されてきませんでした。しかし、とりわけマカク属の雌における体色に関する研究が徐々に増えてきています。私の研究はこの枠組みの一環を成すものです。

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カンナ(ニホンザル)©Dr Lucie Rigaill

リゲイル博士が取り組む霊長類学の研究において、とりわけ日本との国際協力が担う役割とは何でしょうか?
 多くの研究分野と同様に、国際協力のおかげで幅広いパートナーシップのネットワークが構築されます。多くのフランス人研究者が京都大学霊長類研究所と協力し、霊長類学分野における日仏間の安定した協力の枠組みが創出されました。

 日仏の研究チームには協力を行うメリットが大いにあります。フランスの研究チームは来日することで自然環境において霊長類を観察することができ、これはフランスではかなわないことです。さらに、日仏の研究者はフランス語圏のアフリカ諸国において霊長類の研究を共同で行っており、これによって研究プロジェクト、安定した協力関係、受け入れ国との人材交流などが発展し、それぞれの自然環境における野生生物種の保護に恩恵がもたらされます。さらに、方法論的な観点から見た日仏の専門領域は相互補完的で、革新的な分析法の開発について情報交換を行っています。

リゲイル博士は日本留学に際し複数の奨学金を得ました。                            日本学生支援機構(JASSO)留学生受入れ促進プログラム(文部科学省外国人留学生学習奨励費)                         公益財団法人 平和中島財団 奨学金
日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)
日本学術振興会 科学研究費助成事業(研究活動スタート支援)
 在日フランス大使館科学技術部は日仏間における渡航支援事業の一覧を定期的に更新しています。一覧はこちらでご覧いただけます

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霊長類学分野における今後の課題について教えていただけますか?
 霊長類分野において科学界が立ち向かうことになる主要な課題は、今後数年間に起こり得る多数の霊長類種の絶滅です。とりわけ人間活動による環境への圧迫が起因となっており、例えばそれは気候変動や生息地の破壊などです。研究対象が絶滅する運命にあるのを知りながら、どうやって研究を続けられるでしょうか? 研究の方向性を絶滅危惧種の保護に特化したアプローチに向けていくべきでしょうか?

 私としては、生物多様性の損失や自然生息地の破壊によって問われる課題を政治的意志決定者に理解させることが極めて重要だと思っています。すべてはつながっており、新型コロナウイルス感染症による健康危機と動物原性感染症によって、私たちはそれを目の当たりにしました。この課題は分析され、理解されるべきであり、それは科学研究を通して、つまり科学研究に対するよりよい資金を通して行われるのです。

「ただ単に自分がしていることを好きになり、科学を好きになればいいのです」

研究の道に進みたいと思う若い人たちに対してどんなメッセージを伝えたいですか?
 研究の道に進むためには、意欲を持ち強靭でなければなりません。狭き門であり、多くの場合、キャリアは平坦な道のりではありません。どんな職業でも同じですが、例えば資金調達など時間のかかる業務もあり、それを認識する必要があります。しかし、興味深い現象を調査したり、すでに研究されてきたことを再び問題にしたり、あらゆる研究関係者とかかわりながら知識を高める幸運に恵まれます。ただ単に自分がしていることを好きになり、科学を好きになればいいのです。

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