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イジられて死にそうになった話

Lサイズのピサを注文して、それを一人で食べる。最初の一切れくらいは美味しさとか味を感じられるけど、残りはもうひたすら求めるがままに体に押し込むという感じになる。心の中に穴が空いていたとして、それを食べ物で埋めようとする。そんなイメージ。

ただ悲しくなる。食べ終わった後に得るのは満足感じゃない。食べる前に増す虚しさと悲しさ。泣きたくなる。またこんな食べ方をしてしまった。また無駄に金を使ってしまった。色々な悲しさが、腹部の苦しさとリンクして自然と涙が流れてくる。

なんでこんなふうになってしまったのだろうか。


話はもう随分と昔に戻る。

僕はずっと、いわゆる「いじられキャラ」だった。友人たちは僕の真剣な相談には真摯に耳を傾けてくれていたけど、それ以外の時間は基本的にイジることをしていた。

当時の僕は結構痩せていて、体重は60kgくらい。BMIでいうと標準体重くらいの体型をしていた。

その後大学在学中に心療内科にかかるようになり、就活で凄まじいストレスにさらされ、僕の体重は少しずつ増えていった。

内定を得た会社の最終面接と、入社時の面談のときではすでに10kg近く体重が増えていた。そのとき社長が言ったのは「お前、この前より太ったんじゃないか」。デリカシーの欠片もない。こいつは、というか、この会社は人をイジる文化があることに、ここで気づいた。

それから上司・社長・執行役員のハラスメントや、信念に反する業務を続けるストレスのなかで、僕の体重はどんどん増えていった。特に暴食をしていたわけではない。もしかしたらその記憶がないだけかもしれないが。

順調に太りつづける僕を、周囲の人間はイジった。どんな言葉を浴びせられたかはもう覚えていない。腹を触られたりしたのは覚えてる。

それは会社でだけでなく、それ以外のコミュニティにおいても同様だった。旧友の集まりに行ったときとかも、変わり果てた体型をイジられた。そりゃまあ、シュッとしてた奴が突然30kg近く太れば、奇異の目で見られるだろうけど、とにかくどこに行ってもイジられた。

新卒で入った会社を精神疾患を理由にクビにされた頃、60kgだった僕の体重は100目前まで増えていた。


それから無職になり、友人の会社に誘われて、ライターのアルバイトを始めた。そこでもイジられた。「心配している」といいながら、イジってくる人間もいた。


もう限界だった。


だから僕は食べることが怖くなった。食事をやめた。自分の高い被暗示性を利用し、「最低限の生命維持と脳機能維持に必要なもの以外は摂取しない」と暗示をかけ、最低限のタンパク質と炭水化物が含まれる、例えばサラダチキン一枚とコンビニのおにぎり一個以外はっさい口にしなくなった。

はじめ、体重は徐々に減りだした。周囲の人間からは変化に気づかれない程度の減少をはじめた。周囲の人間からは変化がわからない。だから、それでもまだイジられた。

ある日の昼休憩、コンビニのものを食べていた僕の席を通りかかった社長が言った。「そんなんだからだめなんだよ」。ストイックでマッチョ思想のスタートアップクソ野郎のありがたいお言葉である。

これもう名指しでいいんじゃね?と書いていて思うが、とにかくそれが最後のひと押しになった。


もう決めた。餓死してやろう。それで、「みんなイジってくるんで痩せようと思ったら死にました」みたいな投稿をFacebookあたりでして、傷を残してやろうと思った。当時の僕にとってダイエットとは、体型をイジってくる連中にたいする抗議自殺みたいなものだった。

その結果かおかげか、まあ言い方はどうでもいい、僕の体重は1ヶ月で20kgほど減った。ようやく気持ちが楽になった。文字通り軽くなった。そこで気づいた。いつしか体重や体型をイジる連中の言葉が内面化されていたことに。太るのが怖いのは、自分がそれを受け入れられないから。そういう風になってしまったことに気づいた。

最終的に彼女に止められて、ダイエットはそこで終わった。病院でも、それ以上行ったら病気になってしまうと警告された。


僕は「イジる」というコミュニケーションを、この世でもっとも卑劣で低俗なものだと考える。そしてその文化を一般化させたタレントやバラエティを憎悪するようになった。今でもそれは変わらない。

なにがコミュニケーションだ。人への侮辱と誹謗が潤滑剤になる世界など、痛みとともに滅んでしまえばいい。


イジる奴らへ反抗すると、決まってこう言う。「そんなにムキになるなよ」「空気が読めねえな」。私はね、おまえたちの満足のための道化じゃないんだよ。


食べることや体型・体重に対する恐怖心は未だに残っている。たまにむちゃ食いをしてしまう。吐くことこそないが、つらい。


ここで語った話に登場する全員と社名を書き連ねてやりたいが、だからといって何か変わったり報われることもないだろう。徒労はごめんだ。

だが一つ、一つだけ言わなければならない。
あなたが誰かをイジることで、その誰かは死ぬかも知れないよ。


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