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お寿司屋さんでギターを弾く夢。


夢の中で何度も訪れる場所がある。

幼い頃によく母親に連れて行ってもらった
「〇〇寿司」だ。

当時から偏食気味だったボクは、行く度にハマチをしつこく注文していた。大将のOさんはそれを見てボクのことを「ハマちゃん」と呼んでいた。

Oさんは寿司を握りながらも常に親父ギャグをかますような愛想の良い人で、お客さんからも人気があった。ボクもその人が大好きで、お寿司を食べるよりも、Oさんと話すのを楽しみにしていた。

そんなOさんは、ある時にふと姿を消してしまう。母親が「何かあったんですか?」と聞くと、名前も知らない新しい大将からは「言えません」と一言。


ボクは大将が居なくなった理由が何となく分かった気がした。小学生の時、既にいじめの前兆を感じていたボクは、優しすぎる人が損をすることを、どこか知っていた。

大将が居なくなったと知って、ボクと母親は「〇〇寿司」からは自然と足が遠のいた。他にも色々な所に食べに行ったはずだけれど、よく覚えていない。


まだ何も知らない幼い自分にとって、喜びと悲しみが混在する数少ない思い出の一つだ。




夢の中で何度も訪れる場所がある。

真っ白な壁に囲まれたその建物はひどく古びていて、中はがらんとしている。

夢の中のボクは、そこが昔よく来た「〇〇寿司」だと確信している。お寿司の回転レーンやお品書きが無くともよく分かる。内装や雰囲気が瓜二つだ。


そこには決まって楽器屋の店員さんが二人いて、エレキギターが一本だけ置いてある。


ボクはそのギターがかなりの訳アリ商品で、どれほどお金を積んでも買えないことを知っている。何せここに来るのはもう四度目だ。


そのギターは真っ白なボディに奇妙にひん曲がったネック、真新しい弦が張ってあるが、弦高がバカみたいに高い。更にはピックアップの中央部がこんもりと盛り上がっていて、一弦側にだけ変な突起が付いている。メーカーは書いていないのに、何故かGreco製のギターだと知っている。

明らかに不良品然としたギターだが、弾いてみるとなかなか良い音がするのだ。ピックアップセレクターもボリュームノブも無ければ、ケーブルでアンプに繋いでいるわけでもないのに。

店員さんに「これください」と言うと、「それは非売品だからダメ」と言われる。
かれこれ三回も繰り返しているやりとりだ。


今回もボクはめげずに「これください」と言った。

すると店員さんは一瞬ためらった後、
「いいよ」と言った。


ボクは何の感情も持たないまま、ギターを手に店を出た。

ぐにゃりと曲がったヘッドが、真っ直ぐに空を指している。


見上げると、辺り一面曇り空だった。



目が覚めたとき、ボクはもう二度とあの場所には行かないんだろうなと思った。行ってはいけない、と思った。


かつて喜びと悲しみが混在した場所に

もう「感情」と呼べるものは無かった。




大将に「ハマチください」と言うと、

「えぇ!  またぁ!??」と困り顔。

今度はハマチ以外のネタを注文すると、

「えぇ!  ハマチじゃないの!??」
と困り顔。


大将はボクが何かを言う度に、本当にうれしそうに困ってた。


ボクの知らないその裏側で、本当に本当に困っていたのだと思う。



数年前に、友人の車に乗って「〇〇寿司」の前を通りかかったことがある。

そこにはもうあの懐かしい長方形の建物と古びた看板は消えていて、更地になっていた。


ボクは、子どもの頃からこうなることを知っていたような気がする。






夢の中で何度も訪れた場所がある。


ボクはそこで奇妙にひん曲がったギターで、
スピッツの『春の歌』のメロディーを必死に弾いていた。

それを聴いた店員さんは「良い曲だね」と笑ってくれた。

「店員さんも弾いてよ!」と言うと、彼は静かに一歩退く。


「ボクには無理だよ」と彼は言う。

ボクはその言葉をそのまま受け止めて、
独りで弾き続ける。


このギターは、世界でボクしか弾けない特別なモノなんだ、という錯覚に陥いる。



重い足でぬかるむ道を来た
トゲのある藪をかき分けてきた
食べられそうな全てを食べた


平気な顔でかなり無理してたこと
叫びたいのに懸命に微笑んだこと
朝の光にさらされていく

ースピッツ『春の歌』


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