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『Egg〈神経症一族の物語〉』第2部 第十五章

 町田駅の一番大きな出入り口に面した大通りは歩行者天国になっている。
 ここはジーンズ専門店の「ジーンズショップ マルカワ」や円形の建物がトレードマークになっているマクドナルド、通称「円マック」を代表とする、若者に大人気のショップが軒を連ねた一大ショッピングエリアになっているんだ。
 夏休みの真っ最中だからか、歩行者天国は親に連れられた小学生や、オレ達みたいに友だち同士で遊びに来ている中高生で、店も通りもぎゅうぎゅうだ。
 一刻も早くインベーダーゲームをしたいオレ達は、はやる気持ちを押さえて自転車から降りると、どんどんやってくる人にぶつからないようにゆっくりと進んだ。
 「ここだよ!」
 オレこと高藤哲治が、ようやく到着した「インベーダーハウス」を誇らしげに指さした。
 店の前に立っている派手なペイントをほどこされたスペースインベーダーの周りには、若い男性たちに加えて、野球帽をかぶった小学生たちもわらわらと集まって、黒山の人だかりができている。
 「どわあ! すげえ人だなあ!」
 唐沢が目を白黒させて驚いた。
 
 オレ達は店の横に自転車を止めると、ゲームが見られる位置を探し、小学生の一群の後ろに陣取った。
 途端に周囲からどっと歓声が上がった。スペースインベーダーの前に立っている、Tシャツにジーンズ姿で無精ひげを生やした大学生っぽい男の人が6面をクリアしたらしい。
 前にいる小学生たちが、
 「すっげー! 6面だよ、6面!」
 「なあなあ、ジョイスティックの持ち方はこうだろ!」
 「UFOが敵の隙間から出る前にミサイルを発射すると当たるんじゃね?」
と興奮して騒ぎまくっている。
 だが次の瞬間、「ああ~!」という残念そうな声が辺り一帯に響き渡った。突入したばかりの7面で、その大学生が最後の1機を失ってしまったのだ。
 ゲームオーバーになった大学生はこのゲーム機でのレコードホルダーになり、1位の欄に自分の名前を「BBB」と入力した。
 「『トリプルB』だ!」
 その瞬間、名前を見た周囲から悲鳴に近いどよめきが起こった。
 
 インベーダー好きの間では、このゲーム機で、とある3人がトップランク戦を繰り広げていることが噂話として広まっている。
 特に「トリプルB」は町田にインベーダーハウスができた瞬間から高得点を叩き出し、常にランキング上位にいる大注目のエースプレイヤーなのだ。
 あとの二人はここ1か月で急に得点を伸ばしてきた人たちで、現時点の順位では2位が「T」で、3位が「SAL」となっている。
 実力者3人のうちの1人が登場したとあって、子供も大人も熱い視線を大学生に送り、拍手さえ起こった。
 だけど、あまりに注目を浴びて居たたまれなくなったのか、その大学生は赤くなった顔を俯けると、さっさとその場からいなくなってしまった。
 
 その後は、小学生たちが我も我もとスペースインベーダーに挑戦していった。でも初体験の子たちばかりで、1面で次々と敗れていく。
いよいよオレ達の順番が回ってきた。3人でじゃんけんをして、最初は直樹が挑戦することになった。
 「見てろよ。俺、経験者だから」
 得意げに言うと、直樹はジョイスティックを左手で握り、右手をボタンに添えて構えた。
 1面目。
 直樹はトーチカという防御壁をうまく使ってインベーダーのミサイル攻撃をしのいでは、自分の砲台から発射する砲撃をインベーダーにヒットさせた。
 「うまいうまい!」
 唐沢が興奮して大きな両手をバチバチと叩いた。直樹もまんざらではない。
 そして2面に突入だ。
 1面より1段下からインベーダーの攻撃がスタートする。早くやっつけてしまわないと、プレイヤーの砲台に敵が当たって負けてしまう。
 直樹はさっきよりも速いスピードで左右に動いて砲撃を繰りだした。だけど、敵の攻撃をガードするトーチカが、相手の激しいミサイル攻撃でみるみる削れてきた。
 「やべえええっ!」
 焦る直樹は砲撃を乱射し始めた。
 「げげっ!」
 だけどそれがまずかった。直樹が撃った砲撃は、自分を守るトーチカにも当たってしまったんだから。
 「あああ! 逃げ場がねえ!!」
 隠れられる場所を自分で消してしまったせいで、インベーダーの攻撃をよけるのに精いっぱいになった直樹は、2面で全機を失いゲームオーバーとなってしまった。
 
 「よおし! 今度は俺の番だあ!」
 次は唐沢がスペースインベーダーに初挑戦だ!
 ところが、普段からスポーツをやっているのが災いしているのか、唐沢はゲームの中のプレイヤーを動かさないで、なぜか体を動かしてしまうのだ。
 「唐沢! 体を左右に動かしてもプレイヤーは動かないよ! ジョイスティックを左に動かして! ひ・だ・り!!」
 オレがアドバイスをしても、唐沢は必死になって自分の体を左に曲げてしまうんだ。
 「おい、動けよ! こら!!」
 体を曲げながら怒鳴ってみても、ゲームの中のプレイヤーはその場で1ミリも動かない。
 「ぐはあっ!」
 唐沢の3機は、あっという間にインベーダーたちの餌食になってしまった。
 「くそお! 難しいなあ!!」
 頭を抱える唐沢を見て、オレが言った。
 「二人の仇はオレが打つよ。見てて!」
 
 オレはおもむろに100円をスロットに放り込んだ。
 ここ2週間、塾帰りに握り続けたジョイスティックを今日もしっかりと握りしめる。手になじんだいつもの感触を思い起こしていると、ゲームが始まった。
 オレはトーチカに隠れて敵のミサイルを器用によけながら、中央の縦1列のインベーダーに攻撃を集中する。敵が1段、また1段と降下してくるけど、気にしない気にしない。ひたすら縦1列のインベーダーだけをせん滅していった。
 オレの様子を見ていて不安になった直樹が尋ねてきた。
 「哲治、1か所だけ攻撃していても敵が下についたらゲームオーバーだぞ。もっとたくさん攻撃しないと!」
 オレは視線をゲームから外さないまま、落ち着いた声で答えた。
 「大丈夫。これは作戦だから」
 作戦?と、直樹と唐沢が不思議そうに顔を見合わせる。オレは続けて言った。
 「この前たまたま知った方法があって、うまくいくかどうか試してるんだよ」

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