【小説】第五話 おっさんえんでんべぇで再生か?

5.秩父ってどんなところ?

 アイスも食べ終わり、七香がアイスのゴミを巧真のビニール袋に詰め込んで掴んだ瞬間。

 「あ、ダメ!これ、応募券ついてるの!」

 巧真が慌てて、ビニール袋を手で押さえた。

 「そうそう。新味出た記念で、巧真が持ってるフィギアが抽選で、当たるのだよ」

 匠はそう言うと、七香は納得してビニール袋を巧真に返す。

 「じゃ、アイスも食べ終わりましたし、部長も来て下さったので、打ち合わせしましょうか」

 一度テーブルの下に仕舞ったタブレットを琉偉はもう一度テーブルの上に出すと、丁度みんなから見て中央へと置くと、画面を軽く二度タップする。パッと明かりがつくとその画面にはWeb百貨辞典が表示されており、秩父の情報がまとめられたページが現れた。

 「まず、一般に知られている秩父は、秩父地方全体を指していると思われます。特に秩父として人気なのは、長瀞でしょうか。テレビの旅番組でも最も紹介されています。ただ、秩父市ではなく秩父群になりますので、そういう観点でも、住民も含めて秩父とまとめて呼称しているのではないかと思われます。このサイトを参照すると、二〇二三年六月一日時点で人口は三五六七八人、面積は三五一.八五平方キロメートルと推測されます。有名な千葉にあるテーマパークで一平方キロメートルなので、三五一個分、同じ埼玉県のさいたま市と比較すると二一七.四平方キロメートルなので、秩父地方と考えるならかなりの大きさとなります」

 琉偉は頭の中に話す内容を暗記しているのか、タブレットを操作しつつ独自の地図での比較資料を見せながらも、すらすらと説明をしている。

 「さいたま市の人口は?」

 「一三四三五四一人ですので、秩父と比べると三十七〜三十八倍ですね」

 匠の間髪入れぬ質問に対しても、慌てることなく表情は一切変わらず、なにも見ずに淡々と琉偉は答えていく。

 「その中で森林面積は、おおよそなんパーだ?」

 「八〇パーセントから九〇パーセントいかないくらいでしょうか」

 「とすれば、八五パー森林で、平野地は一五パー。さいたま市は平坦地だからそこと比べれば、秩父は山間地もあって建物を建てる場所が少ないと考えられるな」

 「はい、元々盆地ですので、山に周囲を囲まれ、新たに土地を開拓するとなると山を切り崩さないといけませんので、開拓という観点ではある程度のリスクを想定しないといけません」

 「そうだな。SDGsが今後活発してくることを考えると環境を考えるという観点から、真逆をいくことになるかもしれんし、自然があるからこそ大雨が降った時の防波堤の役目を果たしているから、なくなれば土砂崩れして災害に繋がる...ここ最近は、大雨による土砂崩れとか、問題になっているからな」

 「はい。それを考えても、今、使える場所を有効利用していく方が、色々と大きな問題は避けられると思います」

 「と、なればだ、資金繰りもそうだが、大きな開発というのは許可を取るのも、近隣住人を説得するのも大変になってくるから、信用を得てから慎重に進めていかないと頓挫する場合が多い。でだ、どう進めるのがいいと思う?七海」

 琉偉と匠のやりとりが暫く続くと思っていた七海は急に匠に話を振られて、ただ聞いていただけで考えておらずに気の抜けた顔を向ける。

 「お前、仮にも課長なんだから、しっかりしろよ。もう休暇は終わったんだ、頭切り替えろ」

 「あ、あぁ...すまない」

 休暇中だらけた生活を送ってきたせいか、まだ頭が回っていないことにそこで初めて気づいた七海は、驚きの顔で少し落ち込んだような声出す。

 「ねーねー、話難しくてつまんなーい!」

 七海に助け舟を出したかはわからないが、巧真は話に割り込んで、アイスマンソーダを両手で握ったままテーブルをトントンと軽く叩く。

 「あ、ああ、ごめんな、巧真」

 七海が悪いわけではないが、罰が悪そうな顔をして七海は巧真に謝る。

 「七海が悪いわけじゃないのに、やたらと謝るな。俺が巧真を連れて来たのが、悪かったんだからな...これだと話が進まないな...俺は一旦、実家に巧真を預けてくるよ」

 匠は立ち上がって、巧真に近寄ると片手を伸ばす。

 「えー!!七香ちゃんの側がいい!!七海ともまだ、遊んでないからやだぁー!!」

 巧真は頬をプクっとフグみたいに膨らませて、嫌々と首を横にブンブン振る。

 「待ってくれ!」

 匠は話を聞かずに巧真の手を取ると無理やりにでも立たせて連れて帰ろうとするのを、七海は交互に二人へ視線を移しながら、焦ったような顔で少し大きめの声を上げて遮る。

 「...なんだよ」

 「ちょっと、巧真に聞きたいことがあるんだ。それからでも、いいだろう?」

 「...で?」

 匠はドカっとその場に座ると巧真を軽々と膝の上に乗せがっしりと巧真を抱え、いつでも連れ帰れる体制のまま、七海に少し鋭い視線を向ける。

 「巧真はさ、秩父にもショリショリアイスマン工場があったら嬉しいか?」

 「え!...うん!嬉しい!!毎日、行きたーい!!」

 「流石に...毎日は無理だろうけど、工場は何がそんなに、楽しかったんだ?アイスが食べれるからか?」

 七海は少し前のめりになって姿勢を低くして、七海に視線を合わせると穏やかな顔で優しく問う。

 「ん?アイス色々選べてー、食べれるのもそーだけどー、アイス作ってるの、面白かった!!なんかーアイスがいっぱい上にぶら下がってー動いてんのー!!あと、アイスマンがいっぱい置いてあるしー、遊べるしー、一緒に写真も撮れるんだよ!!そこにしかないガチャガチャもあるからー、揃えるのに毎日行って、ガチャガチャしたい!」

 「なるほどな...じゃぁ、秩父にアイスマンが置いてある部屋で涼しくて、ガチャガチャもできて、遊べるとしたらどうだ?」

 「ん?...うん、毎日そこで遊ぶー。外は今、あついから、みんなもいるだろーし、友達とも遊べるからー!!」

 「そうか、そうだよな。ありがとうな、巧真」

 七海は片手を伸ばして、巧真に頭を優しく撫でると下の位置に戻る。巧真は撫でてもらって嬉しそうに、ニコニコしている。

 「...で?お前の意見は?」

 「まぁ...ショリショリアイスマンの工場を今の段階で、誘致してもらうのは難しいだろうな。見学場所も違う所に決まってるしな。よっぽどのファンじゃなきゃ、入れない場所にわざわざ行かない。それに深谷の工場を外から見たことがあるが結構な広さだ、今の秩父に誘致するとして道の駅の裏手が空いてるから可能は可能だが、すぐ近くに映画館やスーパーとかがある複合ショッピングセンターがある。ただ工場置いておいても、一般客の集客という点ではそんなに効果は見込めない。むしろ、逆効果だろうな」

 「なんでだ?」

 「夏休みとか長期連休になると、複合施設は混みやすいからだよ。特に車の交通の便がいいならまだ分かるが、あそこは道も広くないし混みやすい。もし、休日も工場が稼働するとなると従業員や配達関係の出入りもプラスされる。工場は一般人は入れないから、どこか駐車して逃げ道を作ることもできない。工場は一般的に景観が、面白くないからな...まぁ、ショリショリアイスマン工場は、ペイント面白いがコロコロ変わるわけでもなし飽きはくる。目標としての役割はあるかもしれんないが...国道より奥になるから、そんな目立つもんでもないだろうしな。そうなると激混みの一つの原因として、不当な八つ当たりがないとも言えない」

 「ふっ...やっと、頭が動き出したか。で?お前的、結局、お前の意見はなんだ?」

 「コラボ...とか、どうかなと思ったんだよ」

 「コラボ?」

 「秩父限定味を作って貰って、秩父でしか販売しない。で、工場は無理でも、たとえば複合施設の一角にショリショリアイスマンの販売スペースを置く。子供が遊べるスペースもあれば、夏とかアイスは売れるし、涼しい中で好きなキャラと一緒に遊べるのはいいんじゃないかと思ったんだ」

 「...でも、アイスって一年通して売れるものか?スーパーでも、コンビニでも簡単に買えるんだぞ?それに複合施設に、アイス専門店やアイス売ってるところもあるだろ?そんなに需要あるか?」

 「...あ...あぁ、そうだな...確かに」

 いい思いつきだと思っていた手間、出鼻を挫かれたようにシュンっと勢が減速して俯いて少し顔も暗く、声にも覇気がなくなっている。

 「でも...悪い考えでもないんじゃ、ないですか?」

 ずっと黙って聞いていた七香は、落ち込んでいる七海をちらっと見て小さなため息を付いた後、気遅れすることもなく堂々と話に入ってくる。

 「...なら、意見を聞こうか、七香ちゃん」

 匠はチラッと七海を見たが七香と同じく小さなため息を付いて、七香の方に和らいだ顔というか少し困ったように眉を下げた状態で視線を移す。

 「はい。まず、匠さんが言った通りだとは思うんですけど、アイス限定でなければ可能性もあるかと思うんです」

 「ほう...それはどういう?」

 匠は七香の話に興味が湧いたのか、顔付きも声も真剣である。

 「ちょっと話が飛ぶのですが、秩父にはご当地アニメというものが存在します。えーと...」

 「あの穴は、どこに繋がっているのか?か?」

 「え?そんなタイトル...だっけ?」

 七海が顔をパッと上げて顔が少し明るくなって挽回とばかりに話に入ってくるが、七香もそうだが他の面々も不思議そうな顔をして小首を傾げている。ただその場には、生憎アニメが詳しい人間がいなかったらしく暫し沈黙が続く。

 「...タイトルは今は置いておいて、そういうご当地アニメの専門ショップを置いて、グッツだけじゃなく、夏限定だけでもそのアニメとアイスをコラボして売る。更にそこで軽食ができて、そのアイスを生かしたそこだけのメニューがあれば、集客に繋がると思うんですよね。最近では、アニメの影響は徐々に大きくなっていますし」

 「ああ、それはいいかもしれないな」

 「...だが、十年以上前のアニメだ...アニメファンはいるだろうが年齢層が少し上になって、今の若者層とズレる。コロナの影響もあって、新商品発売だけだとインパクト弱いし、人気に拍車を掛けるほど味が特殊じゃなきゃ、影響力が出るかどうか。今やアニメの本数はかなりの数だ。アニメ自体が終了してるものは、それこそご当地の祭とかアニメイベントにぶつけない限り、難しいだろ。それなら新規のアニメの方がこれから観てもらえて、宣伝もしやすいし盛り上りに火がつく場合もある。新規ご当地アニメ作りを優先して、アニメ巡礼が流行ってる今だからこそ、秩父の各所を舞台に入れてもらって盛り上げてもらった方が、効果的だと思うぞ」

 七海の話に、巧真以外の面々は納得したような顔付きでうんうんと小さく頷いている。巧真といえば、つまらなそうな顔で目を細めたまま今にも眠ってしまいそうである。

 「...あぁ...でも、ご当地アニメをというのはいい案かも知れませんが...現在、新たな秩父を舞台にしたアニメや書籍は...目立ったものは...見当たらないですね」

 みんなその案に乗っかりそうな雰囲気だったのだが、琉偉がふと我に返って直ぐにタブレットを操作して検索したのだが、それらしい情報は表示されない。

 「だとすれば、前の作家さんに新作頼むか...秩父の情報を集めて、アニメ制作会社へ頼むか...んー...それだと人気出るか微妙だな。なら、前の作家さんに頼む方がいいかもしれんが...引き受けてくれるかが、問題だな」

 匠は難しい顔をして少し遠くを見て、ぶつぶつ独り言を言い始める。

 「そもそもツテは、あるんですか?」

 七香は気になって、独り言にツッコミを入れる。

 「ん?ああ。うちの会社はコンサルティングが主な会社だから、そういう業界にも繋がりはあるよ。一応東京では、大手とは言わないが、ベンチャーにしてはそこそこ名前が知れてる企業だ。まぁ、後ろ盾あってのことだが...そんなんで、話を振ることはできるが...親しくはないからな...」

 「でも、話を振って話を書いてもらわなくても、誰か紹介してもらえるかもしれませんし...今は、コンテストで秩父をテーマに原作を募るという方法もあるので、アニメ制作会社と放送枠を確保できれば進みそうな案件ですよね」

 「...確かにな...町おこしというコンセプトにも外れてはないし...確か、その原作者の人も秩父出身で確かアニメにも携わってるから、何か繋がりそうな気がするな...ん?待て、それにしても、何か町おこしするにしてもだ、秩父の市町村の役所に許可とか協力要請しないとじゃないか?」

 「あぁ。そんなもんはとっくに、話は通してるよ。ちょっと前に、秩父市長が面白い人に変わったんだ。挑戦的というかな。俺も知り合いだったのもあって、他のとこも話つけてくれたんだ。まぁ、その前からこのプロジェクトの話は、うちと香予ちゃんとこで話し合ってから提案できたのもある。本格化するまでは一部の人間しか知らなかったから、お前が知らなかったのは無理ないがな」

 「...あ、ああ...そうか...なら、これはこれで、進めていくんでいいんだな?」

 自分だけ知らなかったのにショックを受けた七海は少し元気がなくなって、少し責めるような目で匠を見る。

 「あぁ。企画をまとめたら、俺と琉偉で話をしに行ってくるから、お前は企画書をここのメンバーで作ってくれ」

 匠は全く動じず、むしろ少し睨んだ感じで七海を見返す。

 「分かった...だが、これだと実行するまで時間が掛かるよな?町おこしするなら、もっと地域密着の企画も考えないとじゃないか?」

 「それは、そうだ。だから、今度の一九と二十日が川瀬祭りだからな、まずは顔見知りになってもらおうと祭の手伝いを引き受けた。丁度新規で秩父駅付近に雑貨と飲食が併設した店を俺の知り合いが始めるらしくてな、そいつ青年団に入ってて秩父市内でも顔効くから、まずはその店手伝って、そいつと仲良くなってくれ。祭当日は何をするかも、そいつに聞いてくれ、な」

 「おいおい、もう祭までそんな時間ないぞ。というか、今日は日曜だから...祭まで二日しかないじゃないか!」

 「別にうちが出店するとかコンサルするわけじゃないんだから、いいだろ?まずは、住人と仲良くなれって言ってんだよ。それに明日からの話になってるから、今日じゃないだけマシだろう?」

 「お前は...いっつも、そうだよ!!急なんだよ!!」

 「あっははは!今回は、お前が悪いんだろ?課長になったにも関わらず、何をするのかも聞きにこねーし。俺は、これでもお前の直の上司、部長だからな?普通は、一度、挨拶くらいしにくるだろうが」

 「...いやいや、お前が無理やり休めって強制したんだろうが!異動の件も人事でそうなったからで、全然話を取り合わなかっただろ!」

 「そりゃ、そうだ。お前、自分のことだけか?俺も、異動してんだよ。辞令、ちゃんと見たんか?」

 「え?...いや...すまん」

 「もー!!うるさいよぉー!!」

 いつに間にか寝ていた巧真が目を覚まして、ムスッとした顔で大声を張り上げ、起き抜けで機嫌が悪くポコポコと八つ当たりで匠の腕を軽く叩いている。

 「あ、ああ。悪かった、悪かった。そうだ、おやつの時間が近いから...アイス食べたが、みんなでデザート食べに行こう、な?」

 「わぁーい!!七香ちゃん、一緒に行こ!!」

 巧真はさっきまでの怒りはどこへやら匠の話を聞いたら笑顔になって、匠の腕の中から無理やり腕を押しのけて出ると七香の方へ擦り寄る。

 「...そうね。じゃ、そうしようか。おじさん達の話聞いてても、つまんないもんね」

 七香は実は七海と匠の言い争いに面倒臭そうな目で傍観しており、琉偉もまた二人のやり取りには興味ないのか明後日の方向をぼーっと眺めて見ていたのだ。

 「おにーちゃんも一緒、行こ!」

 「あ、うん」

 七香と巧真と琉偉は巧真を真ん中に手を繋ぐとその場にいたくないと言わんばかりに、さっさと玄関の方へ向かってしまう。

 残されたおじさん二人はタイミングよく顔を見合わせると苦笑し、先の三人の後を追った。

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