【予備試験過去問対策講座】「既判力」の論じ方(平成24年民事訴訟法)
はじめに
この記事は「予備試験過去問対策講座」のテーマ別講義記事です。
今回は、民事訴訟法の「既判力」に関する問題を取り上げます。解説編でパターンごとの論述方法を確認した後、実践編で平成24年民事訴訟法設問1を対象に、実際の論述の流れを確認していきます。
解説編
既判力とは
既判力とは、確定判決の訴訟物の判断について生じる拘束力であり、前訴の確定判決後、後訴において紛争の蒸し返しを防止する効力を持ちます。これにより、後訴の当事者は前訴判決の判断に反する主張をすることができず(既判力の消極的作用)、また、裁判所も前訴の判断を前提にしなければなりません(既判力の積極的作用)。
つまるところこれだけなので、弁論主義に関する問題等よりはずっとシンプルなはずなのですが、既判力に関する問題には特有の書きにくさがあります。これは主に、既判力の客観的範囲や主観的範囲、そして時的限界のような要素は理解しているもののどのような順番で論じるべきか固まっていない、という点に起因していることが多いと思います。
そこで、ここでは、すべての問題において論述の流れの基本となる「原則パターン」を整理した上、応用的に問われる「例外パターン」を原則に沿って確認していくことで、既判力について迷わず論述できる実践的な力を習得することを目指します。
原則パターン
既判力について問われた際、答えるべき内容は主に以下の2点です。
前訴のどの判断内容に既判力が生じるか
前訴の既判力は後訴において作用するか
先後関係は絶対的なものではありませんが、ここでは、「発生」したものが「作用」するという、感覚的に分かりやすい上記の順番を採用することにします。
■前訴における既判力の発生について
民事訴訟法は、114条1項において「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」と規定しています。これは、既判力の客観的範囲を定めたものです。
主文とは、判決の結論部分なので、同条同項は、訴訟物についての裁判所の判断について既判力が生じることを意味しています。例えば、AがBに対して、100万円の売買代金債権の支払請求をし、認容判決が出た場合であれば、「AのBに対する当該売買代金債権の存在」について既判力が生じます。
もっとも、法律関係は時間とともに変化するため、いつの時点における権利の存在なのかという基準時を決めておく必要があります。ここで、前訴判決の判断は、判断資料の提出ができた最終時点である事実審の口頭弁論終結時の判断です。したがって、その時点が基準時であると考えるのが自然です。
なお、訴え却下の判決(訴訟判決)についても、蒸し返し防止の観点から、一定の訴訟要件がないことについて既判力が生じるとされていることに注意しましょう。
■既判力の後訴への作用について
続いて、前訴の既判力が後訴に及ぶ(作用しうる)のかを検討します。
既判力が後訴に及ぶケースは、蒸し返し防止の観点から、以下の三類型であるとされています。
同一関係
先決関係
矛盾関係
同一関係とは、前訴と後訴で訴訟物が同じ場合を指します。既判力の趣旨からも当然これは排斥されます。
先決関係とは、前訴における訴訟物が後訴における訴訟物の前提問題になっている場合を指します。例えば、前訴が「甲土地の所有権確認請求」であり、後訴が「甲土地の所有権に基づく明渡請求」という場合がこれに当たります。この場合に、後訴で甲土地の所有権を改めて争えるとすると、前訴での審理がまったく無駄になってしまうため、既判力が及びます。
矛盾関係とは、前訴と後訴の訴訟物が実体法上論理的に正反対の関係に立っていると評価される場合を指します。例えば、前訴原告が「甲土地の所有権確認請求」をしたのに対し、前訴被告が後訴原告として「甲土地の所有権確認請求」をする場合が挙げられます。これは、一物一権主義から、双方の主張は実体法上両立しないため、矛盾関係に当たります。そして、後訴においてこのような主張を認めると、やはり前訴に掛けた労力が無駄になることから、既判力が及ぶとされています。
また、既判力が及ぶかどうかは、当事者が誰かという主観的範囲も関係します。こちらは、115条1項に明文の規定があるため、後訴の当事者がいずれかに当たることを確認することになります。
そして、上記の議論を経て、前訴の既判力が後訴に及ぶと判断された場合、具体的な主張(攻撃防御方法)について、実際に既判力により遮断されるのか(既判力が作用するのか)確認していきます。
前述の通り、既判力の趣旨は紛争の蒸し返し防止にあるため、前訴の基準時の判断に反する主張は排斥されます(既判力の消極的作用)。もっとも、基準時後の事情であれば、前訴基準時に主張することは不可能であるため、排斥されるのは基準時前の事情に限られます。
※ 裁判所に対する拘束力である積極的作用は出題可能性が低いため、ここでは省略します。
ここまでをまとめると、既判力の原則パターンは以下のようになります(便宜的に見出しを入れていますが、実際の答案では不要です)。事例問題では、問いに応じてここから必要な要素を抽出して論じていきます。
既判力の意義
前訴確定判決の判断内容の後訴における通有性ないし拘束力
前訴における既判力の発生について
【規範】既判力は、基準時における訴訟物たる権利の存否についての判断について生じる(114条1項)。
【当てはめ】
前訴の訴訟物は○○。
前訴判決の内容は認容(または棄却)。
基準時は事実審の口頭弁論終結時。
【結論】よって、基準時である事実審の口頭弁論終結時における、○○権の存在(または不存在)について既判力が生じる。
既判力の後訴への作用について
作用するかどうか
訴訟物の同一・先決・矛盾関係のいずれかに当たる。
後訴当事者が既判力の主観的範囲に含まれる(115条1項)。
よって、前訴の既判力は後訴(当事者)に及ぶ(作用しうる)。
どのように作用するか
【規範】前訴の基準時前の事由に基づく、前訴の判断に反する主張は排斥される。
【当てはめ】当事者の主張は、基準時前の事由かつ前訴の判断に反する。
【結論】よって、既判力の消極的作用により遮断される。
例外パターン
原則パターンを機械的に適用するだけでは、判例と異なる結論になるケースのうち、主要なものを例外パターンとして取り上げます。いずれも原則パターンに沿って論述した後、必要に応じて記述を修正・追記することで対応可能です。
■基準時前に行使可能な形成権
前訴の既判力が後訴に及び、かつ後訴における前訴判決と矛盾する主張が前訴基準時以前のものであっても、以下の場合には既判力によって遮断されないとされています。
相殺権
基準時以前に相殺適状にあったとしても、基準時後に相殺権の行使可(∵相殺権者の実質敗訴を前提とするものであり、勝訴当事者の地位を無に帰するものではない)
建物買取請求権
前訴である建物収去土地明渡請求訴訟の基準時以前に建物買取請求権を行使可能であったとしても、基準時後に同権利の行使可(∵形成権者も建物所有権喪失といった不利益を受ける点で、勝訴当事者の地位を無に帰するものではない)
答案では、「Yの主張は、基準時前の事由かつ前訴の判断に反するものであるため、既判力の消極的作用により遮断されるとも思える。もっとも、…。よって、例外的に…。」のように書けると自然です。
■信義則による遮断
原則パターンで既判力が及ばないとされる場合であっても、ある主張が実質的に蒸し返しに当たると判断されると、信義則(2条)により遮断することが判例上認められています。
例えば、金銭債権の明示的一部請求訴訟において、原告の請求が棄却された後、後訴において残部請求をする場合等がこれに当たります。この場合、前訴の訴訟物は当該債権のうち明示された金額に当たる部分であり、後訴の訴訟物は残額部分であるため、訴訟物は同一・先決・矛盾関係には立たず、前訴の既判力は後訴に及びません。しかし、前訴では、債権全体の存否が審理されているはずであるため、請求が棄却された以上、(残部を請求されることはもうないであろうという)相手方の合理的信頼を保護する必要性から、そのような主張を認めるべきではないという考え方によります。
なお、判例上、信義則により後訴を遮断する場合は、ほとんどが訴えそのものを不適法却下していますが、試験対策上は、既判力が及ばないと判断した後に、信義則を検討する前提の出題がほとんどであるため、既判力が作用する場合と同様に、個別の主張が認められなくなるという結論にしています。
この場合の論述例は以下の通りです。
原則パターンを書く
【規範】もっとも、後訴における主張が実質的に前訴の蒸し返しに当たる場合には、そのような主張は信義則に照らし許されないと解する。
【当てはめ】(事案に応じて書く)
【結論】よって、当該主張をすることは信義則に照らし許されない。
実践編
では、平成24年の設問1を対象に、実際の事例解決において解説編で述べた内容をどのように使うべきかを確認していきます。
本問は、原告Xの被告Yに対する金銭債権の明示的一部請求である第1訴訟で原告の請求が全部認容された後、第2訴訟では同じ当事者関係の下、Xが残額を請求したという事例です。
設問では、被告であるYが、第2訴訟において以下のそれぞれの主張をすることが許されるかどうかが問われています。
Xから本件機械を買ったのはYではなく、Zであるとの主張
本件機械には隠れた瑕疵があり、その修理費用として平成22年10月10日に300万円を支払ったことにより、これと同額の損害を受けたので、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権と対当額で相殺するとの主張(※ 改正民法では契約不適合責任)
早速、原則パターンに沿って検討していきます。
まず、前訴である第1訴訟の訴訟物を確認します。明示的一部請求訴訟の場合、訴訟物は明示された一部分となるため、本問では、XのYに対する売買契約に基づく400万円の代金債権のうち150万円の支払請求権が訴訟物となります。また、訴訟の結果は全部認容であるため、既判力は、XのYに対する売買契約に基づく400万円の代金債権のうち150万円の支払請求権の存在について生じることになります。
※ 後述の通り、前訴の既判力は後訴に及ばないと結論付ける以上、前訴の既判力の客観的範囲は問いに直接関係しないため、省略しても問題ありません。
次に、前訴の既判力は後訴である第2訴訟に及ぶかどうかを確認します。当事者は同一であるため、115条1項1号により、既判力の主観的範囲の要件は満たします。
一方、後訴の訴訟物は、XのYに対する売買契約に基づく400万円の代金債権のうち残部の250万円の支払請求権です。これは、前訴の訴訟物とは当然同一ではありませんし、先決・矛盾関係にもありません(実体法上、150万円の請求権が存在して、250万円の請求権が存在しないという状況はあり得えます)。よって、第1訴訟の既判力は、第2訴訟に及びません。
ここまでは、主張によらず共通であるため、①、②共にこの結論が妥当します。
そこで、例外パターンを検討します。
前述の通り、後訴における主張が実質的に前訴の蒸し返しに当たる場合には、そのような主張は信義則に照らし許されません。
まず、①について、XY間の売買債権の存在は、第1訴訟判決の主文を導き出すために不可欠な判断事項です。そして、Yは同一の内容を主張して争った上、裁判所が当該債権の存在を認定した以上、Xは紛争は解決したものであると合理的な信頼を抱くはずであり、これは保護に値します。したがって、①の主張は、実質的に前訴の蒸し返しであり、信義則に照らし許されません。
続いて、②について検討します。位置付けがやや複雑ですが、既判力が及ぶ場合の後訴における相殺権の行使の可否ではなく、あくまで、既判力が及ばない場合の主張の許否であるため、上記の信義則ルールに照らして確認していきます。
YのXに対する損害賠償請求権は、事実審の口頭弁論終結時より前に発生している(=相殺適状であった)ことから、第2訴訟で当該債権を自働債権として相殺を主張することは、前訴の蒸し返しに当たるとも思えます。もっとも、相殺の主張の当否は、第1訴訟判決の主文を導き出すために不可欠な判断事項であったとはいえず、主要な争点になっていたわけではありません。また、相殺は自己の反対債権を犠牲に供するものであることから、その主張は実質的な敗訴を意味するため、主張のタイミングは債権者に委ねられるべきものであるといえます。以上を踏まえ、第1訴訟の判決をもって、Xは本件売買債権が相殺により消滅することはないと合理的な期待を抱くとはいえないため、Yの主張は、実質的な蒸し返しには当たらず、許されます。
以上を答案構成の形にまとめると、以下のように書くことができます。
既判力の意義
前訴確定判決の判断内容の後訴における通有性ないし拘束力
前訴(第1訴訟)における既判力の発生について
【規範】既判力は、基準時における訴訟物たる権利の存否についての判断について生じる(114条1項)。
【当てはめ】
前訴の訴訟物は、XのYに対する売買契約に基づく400万円の代金債権のうち150万円の支払請求権。
前訴判決の内容は全部認容。
基準時は第1訴訟の口頭弁論終結時。
【結論】よって、基準時である第1訴訟の口頭弁論終結時における、XのYに対する売買契約に基づく400万円の代金債権のうち150万円の支払請求権の存在について既判力が生じる。
既判力の後訴(第2訴訟)への作用について
作用するかどうか
訴訟物の同一・先決・矛盾関係のいずれかにも当たらない。
よって、前訴の既判力は後訴に及ばない。
信義則による遮断について
【規範】もっとも、後訴における主張が実質的に前訴の蒸し返しに当たる場合には、そのような主張は信義則に照らし許されないと解する。
【当てはめ】
①は前訴の蒸し返しに当たる。
②は前訴の蒸し返しに当たらない。
【結論】よって、①の主張をすることは信義則に照らし許されないが、②の主張をすることは許される。
参考書籍
書き方講座記事のご案内
本noteでは、論文の書き方についてゼロから丁寧に解説した記事を公開しています。これから論文を書き始める方、論文の勉強方法に悩んでいる方はぜひご覧ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?