生きるための声~GID MtFの自然な女性声を目指して~

 わたしは、GID(性同一性障害)の診断と治療のためジェンダークリニックに通っている、MtF TS(Male to Female Transsexual)です。會田茂樹先生には、2011年3月より、現時点で約6ヶ月半、ボイスケアサロンにてお世話になっています。

 今回は、GID当事者としてのわたしから、声に対する會田先生のアプローチ法などについて、GIDのかたが読んで理解しやすいように、なんとかがんばってご紹介させていただきたいと思います。

 GIDの声に関しては、男性から女性(MtF)、女性から男性(FtM)の場合では、事情がかなり異なりますので、今回の文章では、わたし自身の経験から語ることのできる、MtFの声、つまり、男性として生まれたかたがいかにして女性の声を出せるようになるか、について書いていきたいと思います。

 GIDのMtFにとって、声の問題は、見た目の問題と並ぶ、非常に悩ましい、大きな問題であることがほとんどです。中には、生まれつき、女性のように声の高いかたや、声変わりをまぬがれたかたもいらっしゃいますが、たいていの場合は、普通の男性と同じように、地声は男性らしい低く太い声であることがほとんどです。

 FtMの場合は、男性ホルモンを摂取することで、多くの場合、声は男性として日常生活を送るのにそれほど問題のない程度まで容易に低くなりますが、MtFの場合は、たとえ女性ホルモンを摂取したとしても、声が高くなることはありません。声帯を手術してピッチを高くすることで女性らしい声を獲得しようという方法は存在しますが、現在の医療技術では、まだまだ一種の賭けであると言わざるを得ません。そういう状況ですので、MtFが社会の中で女性として生活するためには、声が大きな障害となってしまうことが非常に多く、たくさんのMtFのかたたちが、声について大きく悩んでいるというのが、現状です。

 それを解決するための、だれにでも通用する、100%確立された方法論というものは、残念ながらいまだ存在しません。こう書いてしまいますと、元も子もないような感じではあるのですが、まずはその事実は理解しておく必要があると思います。

 その上で、100%までとは言わないまでも、なんとか女性として暮らしていける程度まで、不自然ではない、女性的な声を出せるようになる方法がないものか、と模索していくことになります。わたしにとっても、声の問題は非常に大きなもので、とても苦しいもののひとつですので、様々な方法を試したり検討してきました。

 正直、自身の声については目標を達成したなどとはまだまだ到底言いがたく、依然発展途上のわたしのような者が、MtFの声という、非常に繊細な問題について、どこまで説得力のある文章を書けるのかは、強い自信はないのですが、以下、わたしが現時点で書ける、うそ偽りのない直球の文章を書いていきたいと思いますので、ご興味のあるかたは目を通していただければ幸いです。

◆さほど苦労なく女性声が出せたかたたち

 世の中の多くのスポーツと同じように、運動の一種である「声を出すこと」についても、生まれもっての適性というものがあります。

 実際にMtFの当事者に約100人ほど実際にお会いしてみて分かったことなのですが、現実に、女性として遜色なく通用する声をお持ちのかたというのはいらっしゃいます。決して平均的な女性のような高い声ではなくとも、話していてまったく女性声として違和感や不自然さを感じさせないような声を、現に出せているかたがいらっしゃるわけです。

 これは非常に励みになります。同時に、なぜ自分には出せないのだろう、という苦しみにもなってしまいます。わたしは、「なぜ自分には出せないのか、なぜそのかたには出すことができるのか」を、観察したり実際に出し方のコツを伺いながら研究してみました。

 まず、生まれつき女性のようにピッチの高い声を出せるかたがいます。声変わりをしないですんだり、声変わりを経てもなお高いかたがいらっしゃいます。この場合は、すでにそうでないMtFにとってはあまり参考になりません。

 次に、声変わりはしていて地の声(普通にしゃべった場合の男性声)は野太いにも関わらず、女性声として不自然でない声を出せるかた、そして中には、とても高くてじつに自然な女性声すら出せるかたがいらっしゃいます。なぜ、そういうことができるのでしょうか。しかも、ほとんどの場合、それなりの試行錯誤はあったものの、意外にもたやすくその領域に達成できていることが多いことに気が付きました。もちろん、長年の鍛錬を積まれたかたもいらっしゃいます。

 なぜ、そのかたがたはできるのに、わたしにはできないのでしょうか。また、そういったかたが、一生懸命、できないかたたちに教えようとしても、なぜ、なかなか思うようには技術を伝達することができないことが多いのでしょうか。

 MtFに女性声を教えていらっしゃる、ご自身もMtF当事者であるボイストレーナーのかたによりますと、コツさえ教えてしまえばあっという間に女性声をマスターできるかたというのは、全体の5%ほどとのことでした。わたしが実際に当事者のかたがたにお会いした感じでも、不自然でない女性声が出せているかたの割合は同じくらいに感じられました。つまり、20人にひとりくらいです。多い場合でも10人にひとりくらいでしょうか。残念ながら、決して多い割合ではありません。

 果たして、女性声を出せるようになるかどうかは、あくまでも生まれもっての素質によるものであって、素質のない者には、とうてい望むことができない、不可能なことなのでしょうか。そこを考えていくことが出発点となります。

◆声帯を手術したかたたち

 声帯を手術などで直接変化させることにより、女性らしい高いピッチの声を出せるようになることを目指したかたがたがいらっしゃいます。なかなかお会いできる機会はないのですが、実際に何名かのかたにお会いして、声を聞かせていただきました。

 確かに、とても女性らしい声を出せるようになっているかたもいらっしゃいました。すばらしいことだと思いました。

 それと同時に、せっかく声のピッチは生まれつきの女性並みになっているか、少なくとも手術前よりは高くなっている場合であっても、女性の声として聞くにはどうしても不自然さが残っている、というケースも少なからず存在することにも気が付きました。

 一体全体、なにが問題なのでしょうか。単に声帯のピッチを上げただけでは、女性声にはならないのでしょうか。そこを考えていくことが、手術なしでの女性声を目指す場合にも、手術して女性声を目指す場合にも、非常に重要になってきます。

◆ピッチは高くともあまりにも不自然で女性の声には聞こえないかたたち

 いくつか方法はありますが、単純な裏声的な声を出すことなどにより、地の声よりもかなり高い声を出すことは可能ですし、それをすることはそれほど難しいことではありません。

 ですが、その場合、ピッチは高く、波形をとってみても平均的な女性の声のピッチの範囲内に達しているにも関わらず、どう聞いても女性声としてはあまりにも不自然であることがほとんどであることに気が付きました。

 ピッチは高くとも音が非常に単純で機械的、人工的、そして色つやがないなどの特徴がありますが、なによりも、ほとんどの場合、不自然に高すぎて、体格などの見た目と声のイメージがあまりにも異なってしまうという難点があります。

 女性の声というのは、ピッチが高いことだけではなかったのか、ということに気が付くと思います。

 もっとずっと低いピッチでありながらも、自然な女性声に聞こえるかたがたが、「さほど苦労なく女性声が出せたかたたち」の中にたくさんいらっしゃいます。

 両者の違いはどこから生じているのでしょうか。

 なお、最初はそういう単純な裏声的な不自然な声しか出せなかった場合でも、次第に自然な女性声が出せるようになっていくかたもいらっしゃいます。もちろん、最初出していた声と移行後の声は、はっきりと自然らしさという点で違いが分かります。

 その移行はどうやってなされたのでしょうか。そこを考えることが重要になってきます。

◆MtFとは関係なく七色の声を持つかたたち

 近年、ネット上などで話題にのぼることも多く、実際にメジャーデビューされるかたも出てくるようになった、七色の声を持つような男性のかたがたがいらっしゃいます。

 実際にその声を聞いてみると分かるのですが、歌声であれ、話し声であれ、じつに自然な女性声も、その七色の声のひとつとして出せていることに気が付くと思います。

 そのような声が出せるのであれば、MtFであったとしても、声についてなんの苦労もなさそうです。

 では、そのようなかたはどうやってそういった声を出しているのでしょうか。また、だれでもある程度、その方法を身につけることは可能なのでしょうか。そしてだれか、そういったかたがたの喉の状態や発声方法を徹底的に研究されているかたはいらっしゃるのでしょうか。

◆まず、声とはなにによって作られるのかを理解する

 ここまで挙げてきた違いや疑問点は、声とはなにによって作られるのかを正確に理解すれば、じつは容易にその答えは分かってしまいます。

 そのためには、會田先生の書かれている「喉ニュース」の記事(目次集に載っている記事)を読むことが一番ですし、特にGIDのかたは、GIDの項目を熟読されると良いでしょう。そうすれば、少なくとも、知識としてはすぐに理解できるはずです。

 とは言え、「喉ニュース」を読みこなすことは、読みやすい文章とは言え、最初はその専門用語の多さや記事の多さなどから、少し大変なことかもしれません。

 ですから、わたしなりのものすごく単純で幼稚な理解ではあるのですが、以下、簡単に書いてみたいと思います。

◆大きく言えば3つの要素が声を決める

 ここでは特に、MtFが女性声を出すにあたってなにが最も大切か、ということを中心に考えていきたいと思います。実際には声というものは、もっともっと複雑で多彩、そして繊細な要素により成り立っています。

 まず第一に、声帯です。声帯は、音源となり、声のピッチも決めます。

 第二に、声帯から出た音を共鳴させるための空間(共鳴腔)です。ここで音色や響きなどといった音の質が大きく左右されます。

 第三に、呼気です。つまり、どのように肺から喉に息を送るかということです。

◆3つの要素を左右するのが、喉の柔軟性と運動性

 たった3つの要素に過ぎないのですが、この3つの要素を自由自在に制御できるようになることが必要となります。

 それこそがMtFが女性声を出すための答えであり、それさえできるようになれば、あとはなんということはありません。

 たとえて言うなれば、体に柔軟性があり、運動能力も身につけることができたならば、ほとんどどのスポーツでも、ある一定レベルまでは容易にマスターすることが可能でしょう。逆に、体が硬くて運動能力も低ければ、どのスポーツをやっても苦労することでしょう。最終的にどのスポーツを選ぶのかは、自分の適性であり、好みです。

 同じことが声についても言えます。

 喉の柔軟性と運動性(正確には、発声に関連する器官全般の柔軟性と運動性)さえ身につけてしまえば、あとはコツさえつかめば、自然な女性声が出せるようになります。基礎ができれば応用は容易であり、基礎がなければ応用は不可能です。

 コツについては、正直、どんな方法でも構わないのです。自分にとって、また、聞いてくれるかたにとって、一番自然な女性声になるように、自分自身でいろいろと試してみて、喉への負担が少なく、好きなものを選べば良いだけです。独学ではコツが分かりにくい場合は、適切な女性声のボイストレーナーや、自然な女性声を出せる親切なMtF当事者の先輩に教えてもらうと良いでしょう。もちろん、声の質だけではなく、イントネーションや話し方といったことも大切ですので、そういった応用編的なコツもつかむと良いでしょうし、最終的には、メンタルなものや芸術性、文化の分野に属するものも、大きく声に影響してきます。

 とにかく、問題は、いかにして喉の柔軟性と運動性を獲得するか、ということにつきるのです。それさえあれば、現在提唱されている、MtFが女性声を出す方法なるものは、どれであれ、すべて容易に実行することができるのです。また、新しいコツも発見できることでしょう。あとは自分の好みの問題です。

◆喉の柔軟性と運動性が、声の3つの要素にどのように関わってくるのか

 最初に、喉の柔軟性と運動性がどのようにして、声の3つの要素に関わってくるのかを理解しておく必要があります。また、それぞれの要素が、どのように声に関わっているかということも知る必要があります。

 まず、喉の柔軟性と運動性とは、なにの柔軟性と運動性のことなのか、ということですが、端的に言ってしまえば、喉に関わる筋肉の柔軟性と運動性です。そして、筋肉はなにを動かすのかと言えば、最も単純に言ってしまえば、喉に関わる骨、ということになります。筋肉の状態により、骨の位置も適切な場所からずれてしまうことすらあります。なお、筋肉の動きには血液の循環性や神経も大きく関係してきますので、そういったものも実際には縁の下の力持ち的な存在として非常に重要になってきます。

 喉に関わる筋肉と骨が連動して動くことにより、声帯と共鳴腔と呼気の状態を決定づけます。また、血液の循環性は声帯の状態を大きく左右しますし、声帯にとっては湿潤性が重要です。

◆そして、喉の柔軟性と運動性があると、具体的になにができるのか

 喉に柔軟性と運動性がある場合、声帯をつないでいる骨を適切に動かすことで声帯を伸ばした状態に瞬時に持っていくことができますので、容易にピッチの高い声を出すことができます。たいていのかたの場合は、これができないため、高い声を出そうとすると、声帯をぎゅっと固めた状態にしようとしてしまい、金属的な音になってしまったり、締め付けられたような音になってしまいます。また、声帯は単純で均質な一本の線でも単純な二次元構造でもないため、ピッチを上げるときに声帯の一部だけを振動させるのではなく、全体を自在に振動させられるかどうかが、音源としての深みに関わってきます。

 喉に柔軟性と運動性がある場合、共鳴腔を自在に操れるようになります。実際問題として、声色を決めている一番大きな要素は、共鳴腔と言っても過言ではありません。声帯から音が出て唇や鼻などから出るまでに5つの共鳴腔が関係してきます。バイオリンで、同質で同じ長さの弦を同じように振動させたとしても、共鳴空間である胴によって音色や響きに大きな違いがあるのと同じように、共鳴腔は音色や響きの命となります。また、同じピッチの音であっても、共鳴腔によって、あたかも、もっとピッチの高い音であるかのように、人間の耳に錯覚させることすら可能になります。これはMtFの声にとってはとても重要なことです。生まれつきの女性の声を実際によく聞いてみると分かると思いますが、単純に高いピッチであるだけではなく、単純ではない様々な要素によって特徴付けられていることに気が付くことでしょう。つまり、まったく同じピッチのふたりの女性がいたとしても、音色や響きが違うからこそ、違う声に聞こえるわけです。そして、生まれつきの女性と言えども、音色や響きの綺麗なかたとそうでないかたがいることにも気が付くでしょう。喉に柔軟性と運動性がない場合、仮に高いピッチの声を出せたとしても、深みや色つやのない声になってしまいます。

 呼気の場合は、関係する範囲は広く、胸全体プラスアルファと言ってもよい広い範囲の柔軟性と運動性が関係してきます。呼気をどのように操れるかは、声帯の運動性に大きく関係してきます。具体的には、いわゆる腹式呼吸ができるか否か、ということが重要になってきます。なぜ腹式呼吸が重要なのかと言いますと、要するに、息を自在に操れるようになるからです。浅くも深くも強くも弱くも長くも短くも、とにかく自在に操れるようになります。そうして呼気を自在に操れるようになりますと、声帯を非常に効率よく振動させることができるようになり、それはすなわち、楽に高いピッチの声を出せるようになることを意味します。同じピッチの音を出そうとしても、腹式呼吸で出す場合は喉を固めずに楽に出すことができますが、そうでない場合は喉を固めて出そうとしますので、出すこと自体が苦しい上、金属的で喉を締め付けられたような音になってしまいます。そのような音しか出せない場合、とてもではないですが、自然な女性の声に持っていくことは非常に困難な状態になってしまいます。また、通りの良い声を出すには音圧も重要になってきますが、それも腹式呼吸でないと難しく、それができない場合、高いピッチではあっても蚊の泣くような小さな聞きづらい声になってしまいます。なお、腹式呼吸は、できるひとにとっては、なにも苦しいものではありません。

 ほかには、3つの要素に直接的には入っていないかもしれませんが、喉の柔軟性と運動性を獲得すると、いわゆる滑舌も良くなります。舌や唇の柔軟性や柔軟性も、一種の演技であるMtFの声にとっては、とても重要です。

◆結局、違いはどこから来ていたのか

 以上、つたなく簡便な、端折り過ぎな説明でしたが、声がなにによって、どのように作られているのかの、一応の理解は得ていただけたのではないか、と期待しています。分かりにくかったり、もっと詳細を知りたい、突っ込んでやりたいという場合は、まずは會田先生の「喉ニュース」の記事を熟読してみてください。わたしの説明は、その劣化版に過ぎません。

 さて、ここまで説明をしたところで、もう一度、冒頭でいくつか挙げた例を再検討してみることにしましょう。

 まず、「さほど苦労なく女性声が出せたかたたち」についてですが、生まれつき高い声が出せるかたというのは、要するに、生まれつきの女性と同じように、喉と声を成長させてきたということになるでしょう。ですから、喉の柔軟性と運動性も兼ね備えていれば、非常に美しい女性声が出せるはずです。喉の柔軟性と運動性が低い場合は、問題なく自然な女性声には聞こえるでしょうが、喉の柔軟性と運動性を獲得すれば、もっとすばらしい女性声が出せるようになるでしょう。声変わりを経て男性らしい野太い声になってしまったにも関わらず、自然な女性声が出せるかたというのは、喉の柔軟性と運動性によって、ある程度高いピッチの声を出せ、その上でその音源を共鳴腔によって巧みに音色や響き付けしているかたということになるでしょう。男性と女性が一般的に出せる声のピッチというものは、男性の上のほうのピッチと女性の下のほうのピッチは、たいていの場合、範囲的に重なっていますから、生まれつきの男性であっても、高いピッチの声を喉の運動性と柔軟性によって自在に操れるのであれば、当然のように、自然な女性声として認識してもらうことが可能になるわけです。

 次に、「声帯を手術したかたたち」ですが、声帯を手術し、以前よりも高いピッチの声が出せるようになったにも関わらず、女性声としては不自然さが残るような場合は、たいていの場合は、共鳴腔を自在に操れず、うまく自然な音色や響き付けをできていないことがほどんどでしょう。なお、呼気を自在に操れるようになれば、手術した場合でももっと楽に高いピッチの声が出せるはずです。つまり、喉の柔軟性と運動性のあるかたが、首尾良く声帯の手術に大成功された場合というのは、理想的な女性声が出せる可能性が非常に高いと言えるでしょう。また、声帯にしか関心がなく、声のピッチを上げることだけを考えていて、喉の柔軟性と運動性はおろそかにしていたかたが、その重要性に気が付き、手術後に喉の柔軟性と運動性を獲得するようにできたならば、手術後と比較して非常に美しい女性声が出せるようになるでしょう。ただし、声帯の手術に関しては、現実に不可逆的な失敗も決して少なくはないようですので、まずは喉の柔軟性と運動性を獲得し、無手術状態で出せる可能な限りの女性声を模索した上で、どうしても満足がいかないのならば、手術の危険性を十分に理解して、それでもあえて挑戦するのなら挑戦してみたら良いのではないか、というのが、わたしの言える精一杯のところです。

 次に、「ピッチは高くともあまりにも不自然で女性の声には聞こえないかたたち」ですが、この場合もやはり、くどいようですが、喉の柔軟性と運動性が十分にないために、無理な形で高いピッチの声を出そうとしている結果だと考えることができるでしょう。「次第に自然な女性声が出せるようになっていくかた」の場合は、喉の柔軟性と運動性を獲得することにより、自然な女性声に持っていけた場合でしょう。あるいは獲得はすでにしていたものの、単に自然な女性声を出すコツがつかめていなかった場合も考えられるでしょう。ともあれ、喉の柔軟性と運動性が低い場合は、高いピッチの声をなんとか無理に出している状態であり、声帯から出る音が単純化されてしまっていたり音色や響きを共鳴腔で操るだけの余裕がほとんどないわけですから、そのままでは女性の声として認識してもらうには、どうしても不自然な状態としか言いようがないでしょう。逆に言いますと、喉の柔軟性と運動性の重要性にさえ気が付き、それを獲得できるように持っていくことができれば、あっという間に道が開けるということでもあるでしょう。ただし、あまりにも不自然な形で喉に負担をかけながら高いピッチの声を長期間出し続けた場合、喉が大きく痛んで固まってしまい、正常な状態に戻すのが非常に困難になる場合もありますので、注意してください。

 最後に、「MtFとは関係なく七色の声を持つかたたち」の場合ですが、生まれつきの天賦の才や後天的に獲得した場合など色々とケースはあるでしょうが、いずれにしても言えるのは、喉に抜群の柔軟性と運動性があることだけは100%確実だろう、ということです。その上で、たとえば喉の骨の形が高いピッチを出すのに非常に恵まれているなどの条件も兼ね備えている場合も多いようです。ただ、ここで注目したいのは、喉の骨の形が非常に恵まれていたとしても、喉の柔軟性と運動性に問題がある場合は、せっかくの楽器としての名器をまったく使いこなせない場合も多々あるということです。また、MtFが自然な女性声を出せるように目指す場合、七色もの声を出せるようになる必要まではありません。結果としては二色くらいで十分なのではないでしょうか。大切なのは、MtFが目指す自然な女性声というのは、じつはなにも取り立てて特殊なものなのではなく、喉の柔軟性と運動性によって出すことが可能になる、様々な声の一種に過ぎない、ということです。女性声を出そうとする場合のみ、なにかことさらに特別で奇抜な発声方法がとられるわけではありません。

◆それではどうやって喉の柔軟性と運動性を獲得できるのか

 結局はここに帰結してしまうのは当然の理ということになるかと思います。

 畳の上の水練ではありませんが、理屈だけ分かったとしても、実際にできるようになる具体的な方法論がないのであれば、あまり意味はないでしょう。また、方法論があったとしても、それがオリンピックで金メダルをとるのを目指すことくらい難しいことであれば、やはりほとんどのかたにとっては、実現できない夢物語になってしまうことでしょう。

 わたしも当初はそれを一番危惧していました。実際にすばらしく自然な女性声を後天的に出せるようになった当事者のかたにお会いし、その技術力の高さに驚愕し、コツも教えていただいても、実際に自分自身がそれを実現できそうもないのでしたら、あまり意味はありませんし、なによりも気持ち的にも苦しいだけです。

 また、喉の柔軟性と運動性を獲得する、という表現とは違ってはいても、実際にはそれと同じことを目指し、その方法を一生懸命開発しようとし、伝授しようとするかたがいらっしゃったとしても、その方法論に無理があったり、未熟なものであるならば、残念ながら目標を達成することは困難と言わざるを得ないでしょう。

 喉の柔軟性と運動性を、自然な女性声を出すために十分な程度にまで、自然に身につけてしまっているかたというのは、割合としてはとても少ないのが実際のところです。あと少し、というところまで迫っているようなかたの場合は、自助努力やちょっとした訓練のコツをつかめば、十分なレベルにまで到達できるようになるかもしれません。

 しかしながら、非常に残念なことに、喉の柔軟性と運動性に関しては、スポーツをするために一生懸命に自分の努力で毎日柔軟体操をしたり筋力トレーニングをしたりというようには、意識的に向上させることが非常に困難なのです。もし、道理にかなっていない無理な方法で喉の柔軟性と運動性を鍛えようとしたならば、場合によっては不可逆的な損傷を喉に与えてしまう可能性があります。

 非常に複雑で繊細な骨と筋肉、そして血管と神経の働きのバランスによって声というものは成り立っています。この微妙なバランスを大きく壊すことなく、目的の喉の柔軟性と運動性を獲得していくというのは、思いのほか大変なことであり、また、極めて専門的な施術が必要となります。

 声の質に関して非常に重要になる3つの要素である、声帯、共鳴腔、呼気を自在に操れるようになるためには、喉の柔軟性と運動性を獲得することが重要であり、喉の柔軟性と運動性を獲得するためには、それに関わってくる骨や筋肉、そして血管と神経の働きを、その方向性に持っていく必要があります。中でも、筋肉が極めて重要な要素となります。筋肉が動けば骨も動き、また適切なポジションに位置できるようになります。血管と神経は、筋肉の動きや声帯の状態に大きく影響を与えます。

 つまり、要するに、これらを理想的な状態にいかにして持っていけるか、ということがすべてなのです。

 そして、それを自力でおこなうことは、ほとんどの場合、極めて困難なことであるのが現状なのです。

 なぜ、MtFの声については、それなりに長年にわたって研究がなされてきているのに、いまだにこれといった確実性の高い方法論が確立されることがなく、どうしても個々のかたがたの勘と運に頼らざるを得ないのか。なぜ、できるかたはでき、できないかたはできないのか。なぜ、最初から無意識に喉の柔軟性と運動性を持っていて自然な女性声を獲得できたかたは、そうでないかたに技術を伝達しようとしても、ほとんどの場合、極めて困難なのか。

 それは、ひとえに、喉の柔軟性と運動性の重要性を認識していないからなのと、仮に認識していたとしても、喉の柔軟性と運動性を獲得するための、高い有効性を持った方法論や施術法を持っていないからなのです。

 そういった現状は、なにも非難されるようなことではありません。それだけ声というものは、非常に複雑で不可思議で、いまだに謎の部分が多いものだからです。分からなくてもある意味当然のことだったのです。

 逆に言えば、きちんと声についての理解を深め、高い有効性を持った方法論や施術法に出会うことができたならば、それこそ無の世界から有の世界に躍り出ることができたような、劇的な転換を経験できることでしょう。

◆會田茂樹先生のボイスケアサロンという存在

 ここまでに述べてきた、喉の柔軟性と運動性を獲得するための、高い有効性を持った方法論や施術法を、現在考えられる中で最高の水準でお持ちのかたがいらっしゃいます。

 それが、會田茂樹先生です。

 あまり大げさに賞賛してしまいますと、かえって嘘っぽくなってしまいますので、それは避けますが、それこそ24時間365日、声について考え、研究し、実験され、その中でつちかった有効性の高い施術法を実践されている先生です。

 そのアプローチ法は、非常にユニークで、耳鼻咽喉科のような、喉を内側から診るような方法ではなく、喉や声に関連する器官の外側から、単純に言ってしまえば、筋肉と骨という、整骨学的なアプローチで診て施術されていくという方法です。

 そして、その方法こそが、喉の柔軟性と運動性を高めていくために、非常に有効に働きます。

 また、現状、わたしの知る限り、會田茂樹先生くらいしか、喉の柔軟性と運動性を高めるための施術を専門におこなっていらっしゃるかたは日本には存在せず、なによりも、それをGIDの声の質を高めるための実践的研究にまで現に広げていらっしゃるかたは存在しないと思います。

 声に対する深い洞察力と知識、経験、施術法、そして、GIDの声の悩みに対する、あたたかく、かつ真剣で真摯な態度。

 それが、わたしが會田先生を信頼するすべてと言ってよいでしょう。

 なお、喉に病気がある場合は、まずは耳鼻咽喉科で治療する必要があります。

◆それで、本当に効き目はあるのか

 會田先生のアプローチは、薬を使ったり、外科的な処置を施したりといったものではありません。

 ですから、ほとんどの場合、一回の施術でものすごく劇的な変化が起きる、ということはないのかもしれません。

 ですが、それはたとえて言えば、まったくの素人がバレエを習い始めて、たった1日や1週間で足が180度開くようになることは、通常はありえないのと同じようなことです。

 しばらく続けることにより、ひとによっては1ヶ月で開くようになるかもしれませんし、半年、1年、それ以上とかかるかもしれません。場合によっては途中で挫折してしまうこともあるかもしれません。

 會田先生の施術も似たようなところがあることは否めないでしょう。

 ですから、どのくらいの期間ではっきりとした効き目があるのか、ということは、残念ながら、一般論としてすら言えないのが、正直なところです。

 それでもわたしにはっきり言えることは、少なくとも悪い変化は一切起きないだろう、ということです。それほどまでに慎重かつ繊細な施術がおこなわれているからです。

 最初は半信半疑で施術を受けていても、そのうち、ある一定のところまできますと、以前の自分の喉の状態と、明らかに違ってきていることに気が付きます。喉の状態や声の調子というものは、本人にとっては非常に感覚的なものでなかなか分かりづらいものですから、ある程度の変化が出てこないと認識しにくいものなのでしょう。

 わたしの場合、もともとの喉の状態がかなり良くなかったものでしたから、結構な時間と回数、そして忍耐力は必要ではありましたが、ようやっと地の声が人様にほめられることが多くなってきました。自己嫌悪の対象であった自分の地の声が、自分ですら、結構悪くないな、と思えるようになってきました。また、出せる声の種類が多彩になってきました。

 意外なことかもしれませんが、MtFが自然な女性声を獲得できるようになるには、地の声もまた、良い声になっていくという過程が絶対不可欠な条件なのです。声というものは、特定の声や音だけが良くなるということはなく、良くなるときは、すべてが良くなるのです。そして出せる種類が多彩になり、その中のひとつが、自然な女性声に該当するわけなのです。

 わたしはまだ、目標を達成するためにはクリアしなければならない、喉の柔軟性と運動性のレベルの壁が前に立ちふさがっている状態ではあるのですが、焦りはありません。なぜならば、なにがどのようになったら良いのかを理解していますし、少しずつですが、その状態に向かって喉の柔軟性と運動性が高まっていっているのを、確実に感じ取っているからです。

 なお、會田先生の施術で、こちらがなにかことさらに身体的に努力したり苦労しなければいけないこと、というのは、特になにもありません。ちょっとあっけないほどで、最初は面くらうかもしれません。こちらとしてできることと言えば、日々、喉を大切にケアし、世界中の良い声を聞いて明るく健康に過ごすくらいのことでしょうか。あとは、會田先生のボイスケアサロンにおける、非常に繊細で専門的な施術があるのみです。

 また、GIDの声のための施術であろうが、プロの声楽家のための施術であろうが、基本的な違いというものはありません。声に大切なことというのは、その声をどんな目的に使う場合であっても、根本的には同じだからです。ただ、それぞれのかたの喉の状態に合わせて、施術は繊細に変化が付けられています。それは先生にお任せしてしまえば良いことです。

 と言いましても、これだけではなにをやっているのか皆目見当がつかないかと思いますので、具体的な詳細については、ボイスケアサロンのホームページや會田先生の「喉ニュース」を熟読してみてください。声や喉に関する研究、そして施術は、日進月歩で進化するものであることすら、理解できるでしょう。

◆必要とされるのは、「歩ける」レベル

 會田先生のボイスケアサロンには、様々なかたが通われていらっしゃいます。

 喉の病気で日常生活に支障が出てしまっているかたが、その治療後のリハビリのために通っていらっしゃる場合もありますし、それこそ、声を職業にされているプロのかたがたもたくさんいらっしゃいます。そして、その中に、GIDのMtFも同じように通っていることになります。FtMのかたも数は少なくともいらっしゃるそうです。

 そこでおこなわれる施術に、基本的に極端に大きな違いというものはありませんが、大切なのは、目標とするレベルに違いがある、ということです。

 すでにすばらしい声をお持ちのプロのかたがさらなる高みを目指す場合の目標と、とにかく自然な女性声が出せるようになることを目指すMtFの目標とでは、当然ながら、そのレベルは異なります。もちろん、すでに自然な女性声を獲得しているMtFがさらなる高みを目指すような場合は、プロのかたと同じようなレベルが目標となることでしょう。

 それでは、自然な女性声を目指すMtFに必要とされるレベルというのはどの程度なのでしょうか。ちなみに、ここで言っている「自然な女性声」というのは、女性としては低めのピッチであっても、それが自然に女性の声だと認識される程度の声であると、お考えください。それが達成されれば、日常生活で困ることはまずなくなるわけですから。

 會田先生がおっしゃるには、そのレベルというのは、「歩ける」レベル、なのだそうです。

 人間にとって、歩くということは、歩けてしまってるひとにとってはなんでもない、日常で意識することもないような、あまりにも当たり前のことでしょう。

 わたしたちMtFに必要とされる、喉の柔軟性と運動性のレベルというのは、その程度のものに過ぎない、ということなのです。

 つまり、だれでも達成できる可能性が極めて高い、ということになります。

 とは言え、よくよく考えてみますと、歩けないレベルのわたしたちが置かれている状況というのは、生まれてまだ間もない赤ん坊のようなものなのかもしれません。

 最初は首がすわるようになり、お座りや寝返り、ハイハイができるようになり、伝い歩きができるようになり、そしてある日、突然、歩けるようになるわけです。一度歩けるようになれば、あとは自然に歩けるのです。

 わたしの場合、最初は首もすわっていなかったのに、今はハイハイが少しできるようになったくらいかな、と自分自身では思っています。

◆生きるための声

 MtFにとって、自然な女性声というものは、趣味でも遊びでもありません。ましてや、飲み会の一発芸のために身につけようとするようなものでもありません。

 言ってしまえば、生きるための声、にほかなりません。

 24時間365日、生きている限りずっと使っていく、生きるための声、なのです。

 とは言え、実際にはそれほどまでに血まなこになって声だけを追求する必要はないのかもしれません。ある程度不自然であっても、女性として生きようという真剣な姿勢を見せて、なんとか高めの声や女性っぽいしゃべりかたをしていれば、社会ではそれなりにあたたかく受け入れてもらうことも不可能ではありません。なによりも、最後は人格で勝負するしかありません。

 それでも、やはり、少しでも自然に生きたいと願うのです。

 そのための声。

 MtFでも、ひとによって声に置くプライオリティは異なるとは思います。MtFとして、女性として生きようとするために、様々な治療費もかかってきてしまいます。

 その中で、自分自身の求める自然な女性声に少しでも近づけるよう、その道を模索していらっしゃるMtFのかたがたに、少しでも回り道をしないで済めばという願いから、一見遠い回り道のように見えながらも最も短い近道であると信じる、ひとつの道筋をご紹介したいと思いました。それで、まだまだ道半ばのわたしではありますが、僭越かつ恐縮ながら、この文章を書かせていただくことにしました。

 以上、長い文章のわりには、至らぬ点も多々あるかとは思いますが、もしなんらかのご参考になれば幸いです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

(元々の文章は、2011年10月18日に、ボイスケアサロン院長 會田茂樹會先生のブログ上にて発表したもので、現在でも読むことができます。検索するときは「生きるための声 齊藤実乃」でヒットします(私の旧姓)。または、直接行くなら、https://aidavoice.exblog.jp/15981744/、及び、https://aidavoice.exblog.jp/15981763/ を訪れてみてください。)

甘利実乃の声に関する経歴:

日本ボイスアドバイザー協会 ボイスアドバイザー(上席)

セルビア共和国 ベオグラード大学 文学部 日本語・日本文学専攻課程 元客員講師

東京外国語大学 大学院総合国際学研究科 国政日本専攻(日本語学・日本語教育学) 博士課程在籍中

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?