見えないもののただ中で

 「生まれたときから目が見えない人に、空の青さを伝えるとき何て言えばいいんだ? こんな簡単なことさえ言葉に出来ない俺は芸人失格だよ」
 これは有名な名言で、発言者は芸人の江頭2:50さんとされています。

 彼が実際にそう言ったかは問題ではなく(言ってないという説もあります)、誰もがはっとさせられる、素晴らしい言葉です。
 でもちょっと待って? それって健常者本位な考えだったかも……?

 伊藤亜紗氏の「目の見えない人は世界をどう見ているのか」を読みました。タイトル通りに「見える人」が「見えない人の感覚」をどうにか言葉で説明しようとした面白い本です。もちろん視覚障害者の中にも生まれつき全盲だとか事故で視力がなくなってしまっただとか、ケースバイケースで一概には言えないし、彼らの世界の捉え方も多様。

 これを読んで、エガちゃんの名言(仮)を思い出すと同時に、こうも思ったのです。「だけど私たちは、曇り空から透かされた太陽光が身体に触れたのに気づきもしなかった(そして思わぬ日焼け痕が……!)」
 見えない人は「見える人から視覚が欠損した人」なんかではない。見えない目を持っている人なのでしょう。

 私たちの目は昆虫のそれと違って紫外線が見えません。そういう風に進化したと聞いております。もし見えたら……空に妙な模様でも浮かんで見えるんでしょうか。隣のひとの顔に紫外線のちょび髭でも見えた日にゃ、真面目な政治論など続けられる自信がありませんが。

 もうだいぶ前になりますが、盲目のソプラノ歌手のコンサートを聴いたことがあります。ピアノにすぐ触れる場所にまっすぐに立った彼女は、ぎゅっと衣装の長い長いスカートを握りしめて、喉をうつくしく震わせて歌ってくれました。

 からたちの花が 咲いたよ
 白い白い花が 咲いたよ
 みんなみんな やさしかったよ

 はっとして彼女のつむったままのまぶたを眺めてしまいました。このひとは、からたちの花を見たことがあるのでしょうか。白い色を見たことがあるのでしょうか。それすら定かでないのに、私の胸にはまざまざと、からたちの白い花が浮かんで消えませんでした。

 生まれたときから目が見えない人に、空の青さを伝えるとき何て言えばいいのか分からなくても、彼らから、からたちの花の白さを教えられることがある。

 見えても、見えなくても、やはり世界は世界なのだと思います。

(私とは違って)非常に明晰で科学者らしい語り口(ご専門は美学だそうですが、この文体は明らかに科学系のように思います)が素晴らしいので、是非読んでみてください。特に福祉関係に興味のある方は、新しい視点が加わるのではないかと思います。
  

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?