十五夜。ちょっと不思議なお話。
中秋の名月。
十五夜でしたね。雨の予報でしたが、良い感じに晴れて満月を見られたという方もいらっしゃったかと思います。
月が出てる晩はなんとなくゆったりとした……だけど内側で何か昂っているような気持ちがしてきます。
そんな気持ちでしたので、
十五夜、お月さまが綺麗な晩に、男の子が外に冒険に出たとして。何か不思議な出会いを果たす物語。
と銘打って、ツイッターでつらつらと掌編を書いていました。
折角なのでここにも載せようかと思います。
子ども向けの絵本のような、童話のような……そんなお話を書きたいなと思って書いたものです。
タクヤは外に出てみた。ちょっと肌寒かった。
夜中に出てはいけないっていつも言われてるけど、今日だけは特別だった。だってお月さまが出てるんだもん。
「さむいね」
独り言のつもりだったけど、隣に動く気配があって、返事を返してきた。
「さむいね」
びっくりした。
「だれ?」
「さあ」
変な恰好をした変な存在だった。多分夜の住人。
「俺、タクヤ」
「ふぅん、じゃ、俺はヤクタ」
そういって変な存在はぴょんぴょこ跳ねる。
タクヤはちょっとむっとして頬を膨らませた。
「俺の名前ひっくり返しただけじゃないか」
「だってそれが俺の性だもの」
「ショウってなぁに?」
「タクヤはどっから来た?」
タクヤの質問は無視された。まあいっか。それもこの存在の”ショウ”なのだろう。知らないけど。
「俺、家を抜け出してきたんだ」
「ふぅん?」
「小学生は夜遅くまで起きてちゃいけないんだって。でもほら、今日は満月だったから」
「あぁ」
とヤクタは言った。
「満月ね。俺もそれ知ってる」
ほい、とヤクタは頭上を指し示した。
「あれだろ。あのピカピカ光ってるやつ」
「すごい」
タクヤは満月の綺麗さにすごいと言ったつもりだった。ヤクタは自慢げに笑っていた。
「綺麗だよね。綺麗だから、自分の物にしたくなっちゃう」
「自分の物にして、どうする?」
タクヤは首をひねった。確かに自分の物にした後、どうしたらいいんだろう。
「分からないや」
「あ」
ヤクタは思いついたように首を揺らした。
「俺、もう一つ知ってるよ」
「何を知ってるの?」
「満月」
さらりと言ってヤクタは歩き出す。タクヤは慌ててついていく。
「ちょっと待って!」
ヤクタはすたすた止まらない。
「何を知ってるのってばさ?」
「満月を持ってるヤツだよ」
「えぇ?」
タクヤは再び空を見上げた。
満月は海に揺れるクラゲのように、ぷかぷかと浮いていた。
「満月、ちゃんとお空にあるよ?」
「それでもヤツは自分の満月を持ってるんだ」
どうやって手に入れたんだろう?ぷかぷか浮いているのを取ったのかな?そうだとしたらどうしてお空が真っ暗になってないのかな。
タクヤとヤクタはずんずん歩いて行った。ずんずん歩いて行って、森の中にやってきた。森の中は満月の明かりで照らされて綺麗だった。
「ここにヤツがいるの?」
「いるよ」
「いるよ」
声が二つ聴こえてきて、びっくりした。
「わぁ」
思わず声をあげてしまうと、新しい夜の住人がケタケタと笑う。
「あはぁ、『わぁ』だって。おかしいの」
綺麗なお姉さんだった。人間ではないけれど。
タクヤはまたちょっとだけむっとしたけど、お姉さんがあんまり嬉しそうに笑うので許してあげることにした。
「俺はタクヤ。お姉さんはだれ?」
お姉さんはつい、と首を傾げる。
「う~ん?私は~、私だよ~」
ゆったりとした喋り方だった。
「そうじゃなくて、名前!」
「あぁ~、名前か~」
ニコニコと笑いながら、お姉さんは倒れていた首をもとに戻した。
「鈴は~、鈴だよ~」
風が吹いて森が揺れるのと共に、高い澄んだ音が一つ、聞こえた気がした。
月明かりが鈴と名乗ったお姉さんを照らしてその輪郭をぼかす。
「綺麗……」
タクヤは言った。
「ん~?あぁ、お月さまね~。今日は十五夜だから、看月には持ってこいだよね~」
「ツキミ?」
「お月さまを見ることだよ~」
知ってる言葉のはずなのに、耳慣れない言葉のように聞こえた。
「タクヤ、満月が見たいんだとさ」
ヤクタが言った。ぴょんぴょん跳ねている。
「ん~?」
鈴が空を指さす。
「自分の持っているやつを」
「あぁ~」
納得したようにうなずいた。
「お月さまね?お月さま、私も持ってるよ~」
そう言ってスルスルと、鈴は懐から何かを取り出した。盃だ。
「お水、いれる?」
ずい、と差し出してきたその先に、タクヤの肩から引っかかっている水筒があった。家を抜け出す時に持ち出して来たのだった。
「いいの?」
「うん」
嬉しそうな声だ。
とくとくと水を盃に注ぐ。みるみる内に一杯になる。
鈴はずっとニコニコしていた。
そうしてタクヤが水を注ぎ終わった時、
「これがね~、鈴のお月さまなんだよ」
と鈴が言った。
「どういうこと?」
「見てごらん~」
見やすいように鈴が差し出した盃を、タクヤと、そしてヤクタも覗き込む。
「あ」
「あ」
声が重なった。
盃に注がれた水の中には、ぷかぷかと満月が浮かんでいた。お空に浮かんでいた満月を、そっくりそのまま、持ってきたかのように。
「あれぇ?」
タクヤは空を見上げる。ヤクタも空を見上げる。
満月は変わらずにお空に浮かんでいた。
風が吹いた。さぁ、と風が葉っぱを撫でる音がして、心地良い風が首筋を走っていった。
盃の中の水が揺れて、浮いていた満月も一緒に揺れた。
それで分かった。
盃のお月さまは、お空のお月さまを映していたんだ!
「これが~、鈴のお月さま」
鈴は嬉しそうに言った。
「こうすれば~、お空を暗くしなくても、満月を捕まえられるんだよ~」
「すごい!」
とタクヤが言った。
「すごい!」
とヤクタも言った。
「俺もそれ、できる?」
「できるよ~。だってほら~」
鈴は再びタクヤの水筒を指さした。タクヤの水筒は、コップがついている水筒だった。
タクヤは早速自分のコップに水を注いでみた。底が深かったので、盃よりも時間がかかった。
「できた」
水がいっぱい入ったコップを、そっと目の前に差し出してみる。
月の明かりが、しっかりと水を照らす。
コップの中にはぷかぷかと満月が浮かんでいた。
「俺も満月、捕まえた!」
鈴は嬉しそうに盃を口につけた。タクヤもコップの水を飲む。冷たくて甘い、不思議な味がした。
そろそろお別れの時間だった。
タクヤは寂しかった。
「また会える?」
鈴は静かに笑う。
「また、満月になったらね」
ゆっくりとした優しい声だった。
「わかった!」
帰り道、お空に浮かんだ満月が、そっとタクヤの道を照らしてくれていた。
それはタクヤの後を追いかけてきているようだったけど、みんなのことも変わらずに照らしてくれることをタクヤは知っていた。
でも、タクヤは自分自身の満月も、見つけることができた。
それはいつでもタクヤの手の中にあって、
そっと宝箱を開けるみたいに、ワクワクとした気持ちにさせてくれるのだった。
おしまい。
ツイッターで書いたものなので、140字ずつ更新という制約がありました。折角なので、ツイッターで次のツイートに移った個所に余白を空けてみました。
ツイッターでは思いつくままにバーっと書いたので誤字とかありました。こちらの記事に書くときに修正したりしてます。
元の文が読みたい方はこちらから飛べますよ。
それでは、おやすみなさい。
是非ともサポートしていただけたら感激です。クリエイターの作品のクオリティ上昇、モチベーションの維持に繋がります!