見出し画像

回顧録~夫婦の営み~

亡くなったのは80代男性。
子も孫もいる。
おじーちゃんの通夜当日。
喪主は妻。少し背中の丸い小さな小さなおばあちゃま。
顔にはシワが刻まれているが頬はふっくらとしていて。
うっすらとお化粧をしていて頬紅が可愛らしいおばあちゃま。優しそうで、もう、それが人相になってしまってるように微笑んで見える。穏やかそうで腰が低くゆっくりゆっくり丁寧な日本語でおしゃべりするおばあちゃま。
死亡してから通夜までの間を自宅で過ごしていた故人は通夜当日葬儀会館に移送された。
そして、納棺する前に湯灌(ゆかん)が行われた。
故人を、お風呂にいれて体を洗い浄める。
体をバスタオルで覆い、小さな手拭いで親族の手を借りながら、足や手を洗う。代わる代わる手拭いを受け取り、そっと手足をぬぐう。
おばあちゃんに手拭いが手渡されたとき。
おばあちゃんは股間を洗いはじめた。
おじーちゃん、こうされるの、好きだったものねーと語りかけながら。子や孫は視線を外したり所在無さげにしたりしていたがおばあちゃんは気にしない。
股間から足の爪先までをそーっと拭ってゆく。
湯灌が終わり、死に装束に着替えたおじーちゃん。
洗髪し、ドライヤーで乾かされた白髪は櫛できちんと整えられている。髭もさっぱり剃られていて良い男になった。再び親族の手を借りておじーちゃんを柩に納める。
白い布団がかけられ、顔周りを綿花で整えられたおじーちゃんは、本当に眠っているだけのように見える。
何か、お柩に一緒に納めたいものがあればとうぞ、と納棺師に促されて、タバコとか、愛読書とか、御朱印帳とか、孫が書いた手紙とか…思い思いのものが添えられてゆく。
そして柩の蓋が閉じられた。通夜と葬儀が終わるまで、通常はこの蓋を空けることはせず、顔が見えるようしつらえられた小窓を開けて故人との対面をする。
蓋を閉じ。棺掛けをかけた柩は祭壇の前に安置される。燭台に火が灯り、一人一人お線香を上げて手を合わせる。あとは通夜の開式を待つばかりである。
わたしは自分の業務を進めながら、式場から離れずにいた。するとおばーちゃまが何かを抱えて来た。
あのーっと。声をかけられる。
あなただけにお願いがあるんだけど。
誰にも知られずにおじーちゃんに持たせてあげたいものがあるの。なんとかお願いできないかしら?とのこと。
フムフム。
わかりました。一緒に持たせてあげたいものはなんですか?と、訪ねる。
燃えないものは納められない。モノを見てからじゃないと判断できない。
ビデオなの…と。おばーちゃん。
ビデオですか?あまり大量には納められませんがお体から離したところに少しなら良いですよ、と答える。
おばーちゃんはほっとしたように、お願いします、と小さな包みを抱き直す。
祭壇前に歩みより、先ほど閉じたばかりの蓋を足元の方だけ少しずらして開けてみる。
なんとなーく、おばーちゃんと真正面から目があった。わたしは微笑んで、じゃあいれてあげましょうか、と足元の布団をめくる。
風呂敷の包みを開けるとアダルトビデオが数本。アダルト雑誌が数冊。
それを見て、わたしは何がなんでもこれは全てを納めてあげないと、と思った。
明日、葬儀が終われば再び柩の蓋は外されて全身が人目にさらされる。そうなっても、わからぬように忍ばせて欲しいと悟ったからだ。
ちょこちょこっと軽くめくっていた布団から手を離し。
更にしっかりめくりあげる。それらが納まるくらいの空間を作りおばーちゃんに、ここにいれてください、と促す。
おばーちゃんは、ぽそぽそと話しながら納めてゆく。
おじーちゃんはね、いまは小さくなっちゃったけど昔は身体の大きな人でね。わたしは大変だったの。だけどおじーちゃんはなんでもとてもよく頑張ってくれたからね。ありがたい人だったのよねー…。
おじーちゃん、こういうの好きだったから持たせてあげないと。でも、息子たちに見られたらきっと恥ずかしがるからね。あなたにお願いしたの…
きちんと、布団を元に戻し。蓋を閉じる。
おばーちゃんは、大役を終えたように力が抜けて、また穏やかに優しげに微笑んでいる。
おじーちゃんとは何年一緒にいたんですか?と聞くと、60年近いと言う。
60年間。この方はおじーちゃんと暮らし、子を成し、日々を生きてきたのだ。
この瞬間まで、夫婦の営みは続いていたのだと思うと、尊敬の念を抱いた。裸になって抱き合うばかりが夫婦の営みではない。
平らかな道ばかりではなかったろう。
それでもこうして。
淡々と穏やかに見送る術を知っている、このおばーちゃん。本当に素敵な女性だと思った。
見送り屋として。
4000人以上の方々のお見送りに立ち会ったが、記憶に残るおばーちゃま。
柔らかなたたずまいの中に凛とした一面を持ち合わせていて。 

魅力的でした。

街のお母さん食堂を作りたい!シングルマザー専用のアパートを運営したい!障がい者雇用を産み出したい!人生100年!社会とのコミュニケーションがないと人生つまらない!夢は壮大です。生きづらい世の中ではあるけれどもまだまだ捨てたもんじゃない!小さくても1歩目がなくちゃ未来は始まらない!