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方丈記、今再び

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

日本三大随筆の一つとされる、方丈記の冒頭文である。
日本人であれば、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。

作者は鴨長明。今から800年以上前の鎌倉時代1212年に書かれたとされている。

長明はこの随筆を58歳前後で執筆し、自分が物心ついてから記憶している40年間に起きたことをふり返り、回顧録的に書き綴っている。

この間に5つもの甚大な自然災害が起き、更に政治的大混乱という人災もあった。不安の蔓延した世の中であったと同時に、彼自身の人生もまた、身内の不幸や、経済的不自由、人生の挫折に幾度となく遭遇した。

以下に本の内容を簡単にまとめてみた。全ては彼の生きた京都での記録である。

1)大火災:1177年 安元の大火。平安京内の宿を火元に発生したとされる火災は運悪く強風と相まって、瞬く間に大火災へと発展。火の手は皇居をも巻き込み都の3分の1が焼失。一夜にして都市の多くが灰塵と化し数千人の死者を出した。

2)大竜巻:1180年 治承の辻風。家の門は隣町まで吹き飛ばされ、家財道具は数え尽くせないほど空に舞い上り、屋根は木の葉が風に飛ばされているように見えた。塵が煙のように吹き上げ、目は開けられず、爆音により人の声は聞こえない。多く家が崩壊し、手足を不自由にした者の数知れず。

3)クーデター:1180年 福原遷都。時の権力者平清盛が天皇、上皇を福原の地へ強引に引っ越しさせるという暴挙に出た。400年以上続く平安京を、いきなり民衆の意表を突く形で移動を決定。しかし、反発が大きく無謀すぎたため、新都市計画は未完のまま半年後には再び皇居を京都に戻した。この時期、民衆の風習は急激に変化。服装、生活スタイルなどが瞬く間に変化し、世の中は浮き足立って人の心に落ち着きがない世相であった。

4)食料不足:1181年 養和の飢饉。春夏は日照りによる水不足、秋には台風、洪水に襲われ、農作物が不作となった。食糧不足は2年間続き、そのため民衆は土地を捨てて山に住み始めた。様々な祈祷行事が行われたが、効果はなかった。

5)疫病:1182年、疫病が流行った。人の営みは止まり、乞食が道のほとりにあふれ、憂い悲しむ声が耳に響き渡る。餓死した者は放置され、腐敗した死臭が街を覆い、死人の朽ちてゆく有様は目も当てられない。

6)大地震:1185年 元暦の地震。その様子、この世の常とは思えない。山は崩れて、河を埋め、海は傾いたように、陸地を浸してしまう。土は裂けて、水は吹き出し、巌さえ割れて、谷へと転げ落ちる。<中略>塵と灰は立ちのぼって、盛んに上がる煙のよう。大地の動き、家の壊れる音、まるで雷のように響き渡る。<中略>その名残はしばらく絶えなかった。おおよその名残、三ヶ月ほどは続いたであろうか。

7)人生が思うようにならないという苦しみ:

鴨長明は京都の下鴨神社の禰宜(ねぎ)をする父のもと次男として生を受けた。貴族の出で、由緒ある神社の御曹司であった。母親を幼少時に亡くし、父は18歳の頃に他界した。父の没後、後継者争いをするも破れ、30歳で家を出た。神職の仕事は与えられたものの、そちらはサボってニート的な生活をし、趣味の和歌と琴に没頭する。人間関係に傷つき、出世の道を断たれるなど幾度となく苦難を味わった挙句50歳で出家。その時の心境をこのように綴っている。「色々なことがあって、生きずらい世の中を辛抱し、心を悩ませ続けて生きてきた30年であった。人生の節目節目でつまずき、とことん自分の運のなさを思い知った。今の私には地位や収入があるわけでもなし、妻子もいない。もはや何にこだわる必要があろう」(意訳)


なあんだ、昔も今も、人間の悩みや苦しみ、葛藤というものは時代に関係なく変わらないもんだなあ、と共感を得た。

出家後、隠とん生活を始めた長明は、山中に自ら3メートル四方の簡素な庵を建てた。これは移動に便利な組立て式住居だったそうである。地震などの災害が起きた場合、直ぐに分解して安全な場所に移れることを念頭に置いて建てたのだ。

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これは今でいう、ミニマリストであり、サステイナブルなライフスタイルである。バラせばリヤカー2台で運べる家だというから、災害対策を考慮したモバイルホームでもある。先ほどのニートもしかり、このようなカタカナ言葉は最近になって現れた新しい概念、しかも外国から入ってきたスタイルのように思うかもしれないが、実は800年以上前に、ここ日本で既に実践していた人がいたことがわかる。

彼の生きた時代は、度重なる天変地異に襲われ、平安時代の朝廷貴族文化から武士の台頭する鎌倉時代へ変化する激動の大変革期であった。そして、我々の生きる現代もまた同じようなサイクルに入っている気がする。

過去40年間を振り返れば、淡路、熊本、東日本と大地震が’発生し、甚大な津波被害も受けた。コロナウィルスの発生からパンデミックが世界を覆い外出禁止令、隔離、マスク着用など、生まれて初めて強制的な制約の中での生活を強いられもした。世界では再び戦争が勃発し、政情不安や食糧危機が大きな懸案となり、AIやナノテクノロジーなどの飛躍的な技術進化により、社会全体の劇的な構造変化も起きている。

時代は繰りかえされるからこそ、今このタイミングで、方丈記を読むことは先人の知恵を学ぶという点で意義深いと思う。

非常に示唆に富んでいて、さすが何百年も読み継がれるだけのことはあるというものだ。方丈記は、松尾芭蕉や夏目漱石、宮崎駿なども多大な影響を受けたという。日本人として、何百年も読み継がれていく本があるとは、素晴らしいことだと思う。

日本がずば抜けて素晴らしい所の一つに、このような古典に望めばすぐに出会えることがある思う。方丈記は800年以上も前に書かれているのに、現在を生きる私たちにの心にこんなに響く言葉やメッセージが溢れているではないか。



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