番外編3「巫女さんの前髪」第4話(全4話)
なにげに番外編で兄貴が出てくるのは初めてだ。(今回の文章量:文庫見開き強)
その日の夜。草壁家の居間。雫と琴子さんは、早めに部屋に上がった。
俺は兄貴と酒を飲みながら、雫の前髪の話をした。「内緒」と言われたが、宮司の兄貴なら知っているから構わない、と自分に言い訳した。
要は、まあ、雫の話を誰かとしたかったのである。
「へえ。雫ちゃんが、そんなことをねえ」
「もしかして、兄貴は知らなかったのか」
「うん。知らなかった」
しまった。でも宮司が知っただけなら、雫も怒りはしないだろう。
そう思った瞬間、兄貴は続けた。
「『未熟な巫女は額を出してはいけない』なんてしきたり、知らなかった。地域の慣習や宮司の方針にもよるけど、そんな神社はないんじゃないかな」
え?
「雫ちゃんが前髪を下ろしているのは、単にその方がかわいいからだと思うよ。最初に来た日に、僕が『うちの神社は前髪OK』と教えたら、ほっとしていたから」
「そんな。おでこを出してもかわいいのに!」
「驚くのはそこかい?」
満面の笑みを浮かべる兄貴から目を逸らし、俺はビール缶をあおって気を鎮める。
「じゃあ、雫さんは噓をついたのか。どうして?」
「壮馬にからかわれたから、ごまかしたんじゃないの?」
──髪型までほめられたんだから、ちゃんと顔も写させてあげればよかったのに。
俺がそう言ったとき、確かに雫は、眉間にちょっと驚くほど深いしわを寄せていたが……。
ということは、雫が写真を撮られるとき顔を隠すのは、やっぱり恥ずかしいから? でも兄貴が知らないだけで、そういうしきたりがあるのかもしれないし……。しきたりがないなら絶対、神さまに顔を見せそうだし……。でも十七歳の女の子ではあるわけで、前髪があった方がかわいいと思っているなら……。だめだ、わからない。
「明日、雫さんに確かめてみるか」
呟き、ビール缶を座卓に戻そうとする俺に、兄貴は楽しそうに身を乗り出してきた。
「確かめて大丈夫? もし『壮馬にからかわれたから噓をついてごまかした』が真相だった場合、壮馬が僕にしゃべったと知ったら、雫ちゃんはどう思うかな?」
ビール缶を戻そうとする手が、虚空で停止した。
──わたしは『みなさんには内緒にしてくださいね』と申し上げたはずですが。
冷え冷えとした眼差しで俺を見据え、全身から絶対零度の波動を逬らせる久遠雫。
その姿が脳裏に浮かび、鳥肌が立った。
兄貴は、やけに満足そうにぐい飲みを傾ける。
「僕にばらされるのが嫌なら、早く雫ちゃんとくっつくことだね。そうなったら、僕がばらしても雫ちゃんの怒りは最小限に収まるはずだ。がんばるんだよ、壮馬。じゃあ、お休み。片づけは、僕がしておいてあげよう」
凍りついたまま動けない俺の前で手際よく食器をまとめ、兄貴は鼻歌まじりに居間から出ていった。一人残された俺は、ビール缶を手にしたまま動けない。
雫がかわいいから、ちょっとからかっただけなのに……。
なんだって兄貴に弱みを握られないといけないんだ!?
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