番外編9「最終章」第1話(全4話)
壮馬くん、番外編最終章にしてモテ期到来。(今回の文章量:文庫ほぼ見開き)
外回りの営業マンだろうか、参拝を終えた男性が、社殿の方から歩いてきた。雫は箒を動かす手をとめると、愛らしい笑みを浮かべる。
「ようこそお参りでした」
雫に笑みを返した男性が鳥居に続く階段を下りていき、辺りに参拝者がいなくなる。その途端、雫は一瞬にして氷の無表情に戻った。いつものことながら、愛嬌を振り撒くのは参拝者限定だ。劇的すぎる表情変化に、さすがにあきれ顔になってしまう。
雫は俺を見上げ、「なんですか」と訊ねてきた。
「その……よくもまあ、そんなに表情が変わるものだと改めて思いまして」
「ありがとうございます」
なぜお礼? 目が点になる俺に気づくことなく、雫は続ける。
「本来のわたしは感情表現が豊かではありませんが、参拝者さまが気持ちよくお参りできるよう、努力して笑顔の練習をしてきました。その成果が表れているということですね」
「……俺も努力します」
自分でもなにを言っているのかわからない答えしか返せなかったが、雫は「ぜひ」と真顔で頷く。
やっぱり少しずれてるな、この子。そう思っていると、「壮馬くん」という声が飛んできた。おしゃれな服を上手に着こなした女性が二人、こちらに近づいてくる。黒髪ワンレンと、茶髪の二人組だ。この人たちのことは、よく知っている。
兄貴目当てで、よく参拝に来るからだ。
俺の兄・栄達は、この源神社の宮司(一般企業で言うところの社長)である。普段はにこにこしていて、ヘリウムガス並みに軽い口調で話すが、神事に臨むときは荘厳な雰囲気を醸し出す。このギャップと、弟の目から見ても細面の美形が、ファン(男女比3:7)にはたまらないらしい。
ただし、今日は。
「宮司ならいませんよ」
兄貴は地鎮祭で、横浜のはずれに出かけている。神職は祈禱の依頼を受け、こんな風に遠出することが珍しくない(余談だが、そのため車の免許が欠かせない)。
当然がっかりされると思ったが、ワンレンさんと茶髪さんは、そろって首を横に振った。
「構わないわ。今日は、壮馬くんに会いにきたんだもの」
「てか、これからアタシら、壮馬くん推しになるから」
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