番外編1「雫ちゃんの照れ顔」(後編)
前編と合わせてお読みください。
(今回の文章量:文庫見開き強)
恥ずかしがっている「ふり」?
「どうして、そんなことを?」
「小林さんは、わたしに絵のモデルを頼んだとき、こう言いました」
──フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』や、ルノワールの『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』に匹敵する名画が描ける!
「どちらも、はにかんだ少女をモデルにした絵です。『真珠の耳飾りの少女』は鑑賞者によって解釈が異なるので一概に言えませんが、『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』と並べてあげたことを踏まえれば、小林さんが『はにかんだ少女』と解釈していると見て間違いないでしょう。そういう絵画を描きたい、つまり、創作意欲を刺激されるということ。
このことは、絵のクオリテイーにも反映されています」
「クオリティー?」
「琴子さんの絵です。琴子さんは堂々とした姉御肌で、はにかんでいるところなんて想像もできませんよね。だから小林さんは創作意欲を刺激されず、いい絵を描けなかったんです」
こういう風に解説されると、雫と琴子さんの絵の間に、同じ作者とは思えないレベル差があったことも頷ける。
「小林さんのこうした傾向を読み取ったから、わたしは恥ずかしがっているふりをしました。そうすれば、いい絵が描けて満足してもらえる。狙いどおりになりましたね」
17歳とは思えない気配りだ。驚きを通り越し、さすがにあきれてしまう。
「なにも、そこまでしなくても」
「氏子さんに気持ちよく参拝してもらうことも、巫女の務めですから。これで小林さんは、今後も源神社を大切に思ってくれるはずです」
雫はなんでもないことのように言って、境内に続く階段を上りはじめる。背筋を真っ直ぐに伸ばした、凛とした後ろ姿。リズミカルに揺れる、一本に束ねた黒髪。
それを見ているうちに、心の声がこぼれ落ちた。
「新鮮でかわいかったのにな、恥ずかしがった顔」
言い終える前に失言に気づいた。雫が足をとめ、わずかに振り返る。左手が、髪をかきあげるようにして耳に添えられる。
「なにか言いましたか?」
「な……なにも。特にお聞かせするようなことは、一切……」
しどろもどろに否定する俺に、雫は、
「ふうん」
とだけ言った。
雫は、それ以上は訊ねず、俺の方は振り返らず、階段を少し足早に上っていく。そのときになって、俺は気づいた。
雫の声が、心なしか熱を帯びていたことに。
もしかして、いまの雫は──絵のモデルになっていたときとは違って、本当に──。
〈あとがき〉
友風子さんにいただいた「照れ顔の雫」があまりにもかわいくて創作意欲が刺激され、書かずにはいられなくなって書き上げた掌編です。友風子さん、ありがとうございました!
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