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「夢見るお世話」

お世話をしたい。お世話をされたい。
人はそれぞれタイプが分かれるけど、私は一体どちらだろうと考える。

世話を焼かれるのは好き。
私のために先回りして用意したことを、喜んであげた時の相手の嬉しそうな反応を見るのが好き。
ベッタベタに褒めてまんざらでも無さそうにしている顔を眺めていると幸せな気持ちになる。
一方で、「あなたは動かないで」「僕が全部やるから」「ずっとそこにいて」と強要されるのは苦手。動くなと言われた途端じっとはしていられないし、そこに居続けてと言われたら地上10メートルの高さであろうと一か八かで飛び出してしまうだろう。
自分の判断一つで身動きがとれない状況が嫌なんだ。私が差し出した空間の中で急かせかと世話を焼いている可愛い子を見ているのが好き。

では、世話を焼きたいのか?
ここが難しいように思う。私はそこまで世話焼きというタイプではない。
雑だし、気が効くタイプでもない。所謂“執事”という存在の対極にいるのが私。
そういう意味では、完璧に立ち回りあちこちと世話を焼き満足するタイプではないように思う。

ただ一つ思うのは、生き物を飼育し観察をするのが好き。
私の手から食事をし、私の作った小さな世界で完結して過ごす生き物との時間は、私の人生にとって必要不可欠だと感じる。

小さい頃、親に買ってもらった女の子の人形。それらはみんな同じ髪型をしていて、幼い私はそれが気になった。いまいち自分のものという感覚が湧かなかった。私だけの“その子”にしたかった。だから私が髪の毛を切ってあげることにした。
家にあった青い持ち手のハサミは、普段から家族が使う文房具の引き出しに入っているもの。子供の手にはまだ大きく、下部分に親指、上部分には残った全ての指を入れて小さな手を精一杯開いた。鋭い刃の間に人形の髪を捕らえ、そのまま躊躇うことなく一気に切り落とす。キレイな金髪のロングヘアだった人形は、ボーイッシュなショートヘアになった。断髪前と変わらぬ笑顔で笑う姿が可愛かった。
後にその行為が親にばれて怒られた。ハサミを勝手に使ったこと、せっかく買ってあげたきれいな人形をこんなひどい姿にしてしまったこと、前のほうが可愛かったのに、と。親の予想外の発言に幼い私は衝撃を受けた。ハサミを一人で使ったことは置いといても、こんなに可愛くできたことは褒められると思ったから。
しばらくは気にせず遊んでいたが、日が経つにつれハサミを入れた毛先が広がっていき、切り立て当初の可愛さは消え失せた。あんなに可愛いと気に入ったはずが、親に言われた通り“酷い姿”にしただけだったのだとショックだった。それ以来、女の子の人形遊びはしなくなった。

小学生になった私は学校生活の中で、二つの顔を持つようになっていた。
活発な女の子で、休み時間は男子と外で遊ぶ。
もう一つは、内緒のことが多く、口止めばかりを強いる友人。
元気な小学女児らしい私がベースで、もうひとつは、特定の人以外にばれてはならなかった。
同じクラスに放っておけない存在がいた。暗くて、声が小さくて、目を合わさないで話す同級生。本人に何を言われたわけでもないのに、私はとにかく放っておけなかったのだ。
大人になった今、私のした行為は間違えていたとわかる。相手にとって酷く負担だったと反省をしている。私の強制的な振る舞いに、到底言い出せなかったんだろうと、今更心を痛めている。
あの時の私は相手のことが好きだった。好きだから、私の語る世界を理解させたかった。私の思う正しさと誤りに染まった存在であってほしかった。
相手と今までの関係を維持することが難しくなり、もう一つの顔は抹消させようと思った。自分が行ったことへの罪悪感はあった。性格が悪いのだと思った。直そうと思った。

中学生になり、同級生との恋愛に馴染めなかった。同級生の男子側だって私に対しそう思っていたと、後に大人になってからの飲み会で打ち明けられた。
当時、女子同士は恋話が必須だったが、私はそれらの話に夢中にはなれなかった。キスだのセックスだのと友人同士の絡みを想像すると面白いが、それ以外は上の空になった。これではいけないと、恋話を聞く時のテンションの上げ方や、エッチな展開に向いそうな時の期待の表情は身につけた。同級生の恋話に混じりながら、もっと刺激的な関係を渇望した。

以降、MやS、痛みの感覚、支配関係などに興味を持ち世界が広がった。
性格が悪い、好奇心旺盛などの言葉で否定し直そうとしていた自分の一部が、少しだけわかってあげられたような気がした。

で、冒頭の「お世話をしたいか? されたいか?」の話しに戻る。
だいぶ脱線してしまったようで、本人としてはずぅっと本題に関する話しをしているつもりなんだけどね。(回りくどい長いしごめんなさいね)

結論、私はお世話をしたい方だと思う。
…いや、本音は「飼育している生き物に世話を焼かれたい」が最も正しいのだけど。
私がお世話をする中で、元気にはつらつと過ごして欲しいと思うのがベースにある。
ただ、私はやはり、少しだけ捻じ曲がった愛情を持っているのかもしれないが、世界中たった一人の特別な相手には強制的に自由を奪いたいと思うような、願望がある。
こっからはただの願望、夢、理想であって、あまり本気と思わないで欲しいのだけれど、、
相手が、見えない喋れない動けない状態にあると私の方が蕩けてしまう。極端に言うと欠損や達磨にも惹かれてしまう。上の穴も下の穴も、私の意思によって出したり入れたりをすることにも満たされるものがある。相手がそうなればなるほど愛しく感じるし、自分の思いを素直に伝えられるような感覚になる。(受け取ってもらっている感覚なのだろうか)

だから、これらを“お世話”という相手だったら、私は「お世話をしたい」派だ。
ただ、手探りだった子供時代に対し、大人になった今は“好き”の形が明確になっている。
あの頃に感じた失敗はしないよう、慎重に、大切に、お世話をするのが好きでいたい。

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