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「何も知らない」2

「え…お酒ですか?」

キッチンへ向かう彼女の背中を僕の声が追いかける。

「そうよー…あれ…もしかして、そういうのだめなの?何かえっちなことしないといけない感じ?」
「いや、そんなことは無いんですけど…あまりこういう依頼は無いもので…」
「あはは、そりゃそうよねーまぁいいじゃない、たまには!」

シャンパンクーラーに入れた瓶を持ち上げると、手馴れた様子でコルクを開け、細いシャンパングラスへ注いでくれた。

「はい、どうぞ」
「有難うございます」

グラスを軽く持ち上げ一口流し込むと、モヤモヤとした僕の黒い部分まで流してくれるようだった。

最低限の家具、他には何も無い、音もなく、僕らだけ。
情報が少なすぎる、僕は戸惑いながらも口を開いた。

「あの…お名前聞いてもいいですか?」
「あぁ、アオイです、アオイ」
「アオイさん…僕は斗真です、よろしくお願いします」
「うん、名前は聞いてるわ、一番暗い子ってお願いしたら、じゃあトウマだ、って…」

暗い子…おかしいなと思ったんだよ、僕を指名なんて。
でも、それを聞いて正直僕は嬉しかった。
求めてもらったことじゃなく、暗いままでいいのかと思うと、締めつけ続けている心を少し緩めることができた。

「なんで暗い子が良かったんですか?」
「んー、そんな深い理由なんて無いのよ、明るいのってしんどいじゃない?それだけよ」

そうですか…
なんだか掴みどころのない女性。
何のためにわざわざ男を買って、家に呼んだのだろう。しかも暗い子指名って。
人それぞれ理由はあるけど、パターンはいくつかにわかれ、大体すぐわかるものだ。
アオイさんはお世辞抜きでとても魅力的な人だし、男はほっとかないと思う。
なんだろう…もっと、アオイさんのことが知りたくなった。

「ほら、座ってよ、ゆっくりお話しよう」

彼女が促すとおり、ダイニングテーブルに向かい合い座る。机にはシャンパンと、数種類の食べ物が用意されていた。

「何か食べれないものある?」
「いや、特にないです、有難うございます」
「そっか、よかった、どんどん飲んで」

その後、僕たちは向かい合い座ったまま酒を飲み続けた。
シャンパン一本、ワイン二本。
酒が進むにつれ、僕たちは以前から知り合いのように、くだけた会話も出来るようになった。僕に関して言えば、SEX抜きでこんなに長時間人と向かい合い二人きり時間を過ごすことなんて、そうそう無い。それなのに、なんだかとても楽しくて。気兼ねなく終わらない会話を続けた。
僕の学生時代、今までした仕事、一番最近したSEXの話し、あと、常に死にたいと思っていること。
僕が死にたいと思いながら生きてることを伝えたら、「そんなこと言っちゃだめ」とか「親の気持ちを~」とか、アオイさんも言うのかなって。
でも予想外なことに、アオイさんは笑った。
僕を見て、何てこと無いように、軽く笑い飛ばした。

「あははっ…えーなにー…?トウマくんは普段死にたいと思ってるんだー…そっかぁー…可哀想にーおいで、いいこいいこしてあげようか?ほら、ヨチヨチ…」

「いや、そんな……笑われたの初めてです」

「そうなのー?…でもさ、どうせ死ぬから、みんな。…自分で生きられるのは一回だけだからね…私は今日が思い出になるなぁ…きっと…。トウマくんが今日まで生きたから、私は今日君に会えた…偉いぞートウマーーー!」

少し酔ってふざけるアオイさんに頬を小突かれ、空っぽになった僕はあまりの軽さにフラついた。
闇に包まれたはずの僕の心は、今日初めて会った女性に笑い飛ばされ、すっぽりと軽くなっていた。
こんな経験初めてで、戸惑った僕は必死に‘僕ごと‘誤魔化した。

「まぁそうですね、僕も今日アオイさんとお会いできて嬉しいです…僕の話はもういいから、次はアオイさんのこと、聞かせてくださいよ」
「えー…私のことー…?」

アオイさんは、職業がフリーライターで、既婚者、ここは自宅ではなく仕事の作業部屋。
…それと、アオイさんはご妊娠が難しい体質のようで、旦那さんとはそれをきっかけにうまくいっていないこと。

「私はいいのよ、今世はもう吹っ切れたから! 来世で沢山産んで大家族の母ちゃんになるって決めたし!」

明るく振る舞うアオイさんを見ていたら、見たこともない旦那さんにとても憤りを感じた。
こんなに素敵な女性が側にいるのに、なぜ全てを肯定してあげられないのか。
アオイさんだって悲しいはずなのに、どんな気持ちで笑顔でいるか考えたことはあるのか。
価値のある人間が、もう来世を願うなんて。

…握った拳を見て、少し冷静になる。
僕が憤った所で、アオイさんは救われるのか。
アオイさんの抱えたものは、僕なんかが包めるような、そんな容易いものでは無い気がして、僕は僕なりの心を尽くした笑顔で、身振り手振り話す彼女を見守った。

「いいですね、アオイさんならきっとなれます、僕はそう思います」
「…やだぁー……トウマくんいい子ねぇ、来世私の子供になりなさいよ、大事に育ててあげるわー」

身を乗り出し、何の疑いも無い笑顔で僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でるアオイさんを見ていたら、僕の心はいつの間にか人らしい温かさに触れている気がした。
アオイさんの極自然体に溢れる魅力へ、吸い込まれ引き寄せられていく。
人として、そして女性としての魅力に、僕はどんどん惹かれていった。

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